おかしい…二日続けていつもの時間になっても『名雪』が来ない。ひょっとして、本当に予定よりも早く成仏してしまったのか？まさか…百花屋のイチゴサンデーを食べたから未練が無くなったとか？いや、バカなことを考えるのはやめよう。
ここはやはり、迎えに行ってみるか…とは言っても秋子さんの部屋の前で待つしかできないが。
廊下に出て階段の電気をつけると、秋子さんが階段の手すりに寄りかかって苦しそうにしていた。おい、ちょっと待て。
「秋子さん！」
慌てて階段を駆け下り、秋子さんの体を支える。相当苦しいのか、秋子さんは冷や汗を流しながら肩で息をしていた。
「秋子さん！秋子さん！どうしたんですか？」
苦しそうに息をしている秋子さんだけど、振り絞るようにして何とかオレの呼びかけに答えようとする。
「ごめ…ん…祐…一。遅れて…」
『名雪』か。これは…やばいぞ。オレの部屋よりは秋子さんの部屋に連れて行った方がいいな。秋子さんの部屋に連れて行こうとすると、『名雪』は首を振って拒否を示した。
「やっと…ここまで来れた…から、祐一の…部屋がいい」
「だけど、そんなに苦しがっているんなら…」
「だ…め…お母さんの部屋じゃ、苦しい…。祐一の…部屋に近づくに連れて、少しずつ…収まってきているから…。お願…い」
仕方がない。本当なら色々ある秋子さんの部屋の方がいいけど、『名雪』が拒む以上無理強いをするわけには行かない。肩を支えても歩ける状態にはないので、一旦下におろした後、体を抱きかかえてオレの部屋に運んだ。
そう言えば、この間も秋子さんをお姫様だっこしたな。
『名雪』をベッドに運ぶとオレはすぐ洗面所とキッチンに向かい、吸い飲みに水を入れたのとタオルを持って部屋に戻った。『名雪』の様子は…というと、先ほどよりは苦しさが収まっているようだけど、それでも胸の上下がはっきり分かるので、まだ呼吸は荒い。
『名雪』は一体どうしたんだ？こんなに苦しがって。秋子さんの体調が良くなっているので、『名雪』だって同じになって良いはずなのに。タオルで額の汗を拭きながら呼びかけることにした。
「大丈夫か…名雪」
「昨日…お母さんの中に入っても全然からだが動かなくて…それどころか、だんだん苦しくなって、だんだん動けなくなって…だから昨日は…」
「分かった。少し落ち着くまで何もしゃべるな」
ひょっとすると、秋子さんの体調が戻った事による体の拒否反応か、それとも『名雪』の魂自体の力が落ちてきているのか…。それくらいしか原因が思いつかなかった。
部屋に来たばかりは拭いても冷や汗が出てきていたが、今では落ち着いている。苦しさも収まったようで、先ほどのような荒い呼吸ではなくなっている。
「水…飲むか？」
「うん…」
「ほら…」
用意した吸い飲みを口元に持って行くと『名雪』は口を小さく開けた。そっと優しく吸い飲みの口を傾ける。一気に入れると咽せてしまうから、少し…また少し…と水を飲ませないと。
とりあえずは、少し飲ませたところで一旦吸い飲みを離した。
「まだ飲むか？」
「ううん、もう大丈夫。ありがと」
そう言うと『名雪』はベッドから起きあがろうとする。オレは慌てて『名雪』の体に手を添えて起こすのを手伝った。
「大丈夫か、起きたりして」
「うん、大丈夫。祐一の部屋に来たら、楽になったから」
どうやら『名雪』は嘘は付いていないようである。オレ達はいつものようにベッドの淵に並んで座っていた。今日で最後…話したいことはたくさんあるのに、話そうとすればなぜか言葉になって出てこない。凄くもどかしかったが、それは『名雪』も同じらしく、さっきから口を小さく開けては、微かにため息を付くだけでいた。
それでも、深いため息を付いて顔を上げると『名雪』は独り言のように語りかけてきた。
「この一週間…」
「………」
「祐一に会えて…祐一とお話が出来て…デートが出来て…イチゴサンデーが食べられて…結婚式が出来て…わたし、凄く幸せだった」
「………」
「そして…最後に愛する人の胸の中で逝けたら、もう言うことがないよ。無理して来て良かった」
そう言って『名雪』はオレに向かって微笑んだ。
そんな『名雪』を見たら、やはり何かしたくなった。少しでも名雪に出来ることがあるならば。今までの無念を晴らしたかったから。
「なぁ…心残りな事ってあるか？オレに出来ることなら何でもするぞ」
「心残りはね…あるよ。でも、絶対叶えられない」
「なんでだ？」
「それはね…祐一とずっと居たかったってこと」
確かに…名雪はあとわずかな時間で成仏してしまうから、それはオレにも無理なことだ。それ以外なら…何でも良い…最後の最後まで名雪に何かしてやりたいんだ。
「もう無いのか？」
「…無い…よ」
いや、これはあるな。何か隠している。
「本当か？」
「本当だよ。さっきも言ったように、祐一と話せて嬉しかった、イチゴサンデー食べられて嬉しかった、結婚式が出来て嬉しかった、…もう、何も思い残すことはないよ」
「じゃぁ…なんでさっき言葉を詰まらせた？」
「っ！」
「名雪っ！」
「ダメだよ！言ったら祐一、自分が悪者になってもしようとするから！」
「当たり前だ！この世に未練を残したままで名雪に逝って欲しくないんだよ！」
くそっ！オレは何をしてるんだ？もう…時間がないのに名雪といがみ合ったりして。おまけに『名雪』はオレから顔を背けているし。思わず声を上げて肩を掴んで揺さぶった。
「名雪！」
「だって、この体、お母さんのなんだもん！この体でしちゃったら、わたしが良くても、お母さんが…祐一が…二人が困るから絶対イヤなの！」
そこまで言うと『名雪』はハッと口を押さえる。そして目だけをオレから背けると、『名雪』の頬に一筋の涙がこぼれた。そうか…あの夜が最初で最後だっけ…。
「本当は不安だった…初めてなのに後ろからなんて…。でも、祐一だからすべてを信じて、すべてを預けた。でも…でも…やっぱり好きな人には正面から愛して欲しかった！ちゃんと祐一の顔を見たかった！」
「名雪…」
そうか…女の子にとっての初体験って、大切な思い出なんだよな。それを…オレは…。悔しさからつい肩を掴んでいる手に力が入ってしまった。
「でもね…でもね…祐一だから。祐一だからすべてを許せた。待っていた…ずっと待っていた祐一と結ばれたから…。祐一と結ばれた…それだけでわたしは満足だから。だからお願い…バカなことだけは考えないでね」
しかし、悔しさの思いと、名雪にちゃんとした思い出を…という強迫観念にとらわれてオレは、掴んだ肩をそのまま引き寄せて、強引にキスをしてしまったのだ。
もちろん『名雪』は激しく抵抗してきた。オレから離れるために必至で押しのけようとしているがオレから離れられないで居る。
それでも今度はオレの体を叩き出してきた。密着しているからそんなに痛くはないが、それでも鳩尾に強めに入ったときには、流石のオレも、一旦離れざるを得なかった。
「祐一、ダメだってば…」
「いやだ…名雪に未練がある以上…オレは放っておけない」
「だから…んんっ…」
押し問答しても時間の無駄なので、再び強引に唇を奪った。
「んーんー」
今度は手を押さえられているので『名雪』は抵抗できないでいる。それまで荒かった鼻息だが徐々に熱がこもり始めてきた。頃合いを見計り唇を離すと、潤んだ目をしながら、力無くオレの方に倒れてきた。
「祐一…ダメ…」
けど、言葉と裏腹に『名雪』は抵抗の意思を示さない。どうやら体の方は違うらしい。
しかし…。
これから先に進むのには覚悟はしていたけど、すこしためらいが出ている。キス程度なら許されるかも知れないが、それ以上となれば、いくら心が名雪と言っても体は秋子さん。だからオレは少しでも秋子さんの影を消すために、秋子さんのトレードマークである三つ編みをほどいた。
すこしウェーブがかかっているが、それでもいつもの秋子さんからかなり雰囲気が変わっている。これなら…行けそうかも知れない。
もたれかかっている名雪の体をそっとベッドに横にすると、パジャマのボタンを外してゆく。最後の一つを外すのに少しとまどったが、全部のボタンを外すと勢いよくパジャマの前をはだけた。
正直、半裸姿を見たときにぐっと来るものがあった。確かに名雪は同年代の女の子から見てもスタイルのいい方だと思うが、今オレの目の前にあるのは、まさに成熟と言う言葉がふさわしい綺麗な裸体である。
明らかに高校生の名雪とは違う裸体にオレは理性を失いかけていた。
「お願い…お母さんと比べないで」
その言葉に逆らうかのように、名雪が着ているパジャマの上着を脱がすと乳房に触れた。
「んんっ…」
軽く触れると名雪は敏感に反応する。乳房に触れている両手に軽く力を入れると、名雪は一層甘い声を出した。
「いやっ…あんっ…」
右手はそのままにして、左手をすっと下げて、パジャマのズボンの中入れる。すでにパジャマの中は熱気に包まれていて、その中心にそっと指を這わせる。
「はっ…あぁっ…ダメ…お母さんの…からだ…んっ！」
どうやらまだ名雪の中に理性があるらしい。オレはそれを完全に壊すべく、触れられていない右の乳首にキスをした。
「あぁっ！いやっ…そんな…そんなにたくさん…んんっ」
名雪は、快感に耐えるので精一杯という状況だった。それを示すようにショーツ越しにも湿り気が十分伝わってきている。
「祐一…ダ…メ…。このままじゃ…下着…汚れ…ちゃうよ…」
「じゃぁ、脱いでしまえば問題ない」
オレはショーツとパジャマのズボン両方に手をかけると、一気に名雪の足から抜き取った。名雪にすればオレを止めさせるための手段であったが、逆に脱がす口実になるとは思わなかったであろう。
「やっ…。そう言う意味じゃなくて…。んあぁぁっ…。ダメ…お母さんの体なのに…こんな事…んんっ！」
名雪の中心に直に触れ、そって軽く指を動かすだけで首をそらして反応する。
ショーツの上からでも湿っているのが分かっていたし、直に触れていると指に名雪の密がまとわりついてきた。この量からすると、すでに準備はＯＫだろう。
名雪に残された時間も少ないし、手早く服を脱ぐと名雪の膝を割って足を開く。
「あ…や…」
オレのものを名雪の中心にあてがうと、漏らすように名雪は呟く。優しく前髪をかき上げると、唇を重ねると同時に名雪の中に身を沈めていった。
「んぁっ！」
「くっ…」
名雪と一つになったとき、今まで感じたことのない刺激がオレに伝わってきたので、つい、唇を離してしまった。
はっきり言って、気持ちいいなんてもんじゃない。今すぐ果ててしまいそうなくらいだ。だが、それをぐっと堪える。
「お願い…だっこして」
それまで拒否の言葉出さなかった名雪だが、初めて自らの意思を示してきた。ちょっと苦しいけど、名雪の体を持ち上げて体勢を変える。ちょうど対面座位の格好に近い。
そのまま抱きしめると、形のいい胸がオレの胸に押しつけられる。名雪との初体験の時に感じた、しっとりした肌の感触とは異なる感触に、名雪には止められていたが、どうしても名雪の体と秋子さんの比べざるを得なかった。
しばらくの間抱き合ったままでいたが、名雪が切なそうに熱っぽいと息を漏らし始めた。そろそろ名雪が耐えられなくなったのであろう。
「んっ…くっ…」
初めての体位でぎこちない動きであるが名雪は腰を動かしていた。オレも名雪の動きに合わせて突き上げる。
「うんんっ…だめ…お母さんの体…なのに…気持ちよく…なっちゃ…。でも…どうして…こんなに…いいんっ…あぁっ！」
きっと秋子さんの体は、名雪より敏感なんだろう。それが名雪にとっては強い刺激になっているらしい。だが、それはオレも同じだった。
「あっ…あっ…」
部屋に響く名雪の吐息と、ベッドのきしみ音。オレは快感の海に漂っていたが、急激に悲しくなってきてしまった。このままずっと名雪といっしょにいたいけど、それは叶わぬ事であり、ちゃんと名雪はイかせなければならない。間違っても、この最中に名雪が事切れて逝くことだけは避けなければならない。
オレが先にイってもダメ。
名雪がイク前に逝ってもダメ。
だが、名雪がイってしまえば、もう、そこで別れなければならないのだ。
いずれにせよ、悲しい結末が待っているのは間違いない。Ｈで悲しい気持ちになるなんて夢にも思わなかった。しかし、今のオレに出来ることはそれだけである。悔しさから、突き上げる力を強くしてしまう。
「んあっ…あぁっ…祐一…はげ…し…」
オレの突き上げに名雪は髪を振り乱して反応する。あと少し…あと少しで名雪はイクと思う。しかし、名雪に残された時間も後少しなのだ。そして…オレももう限界に近いところまで来ていた。
「ダメっ…わたし、もう…もう…」
名雪…早くイってくれ。じゃないと…オレが…もう…ダメ…。苦し紛れにオレは、腰を突き上げながら両手で名雪の胸を揉んで同時に攻め立てた。
くっ…。やば…。で…る
「そんな…胸まで…んあっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁっ！」
それは正にダムの決壊寸前と言うところであった。それでもオレがイクよりもコンマ数秒早く、強烈な締め付けと共に名雪が上り詰めた。むろん、オレも同時に名雪の中で果てた。
『はぁ…はぁ…はぁ…』
正に精も根も尽きたオレ達は、しばらくの間、お互い一つになったままで抱き合っていた。オレより一足先に呼吸を整え終えた名雪が、オレの胸の中で呟く。
「祐一…」
「なんだ？」
「…ありがとう。これで、本当に思い残すことはないよ…けど…けど…」
「大丈夫だ。秋子さんはちゃんと分かってくれる」
名雪を安心させるために、優しく髪を撫でながらささやくように答えた。
「お母さん…ごめんなさい…ごめ…ん…な」
それでも安心できないのか、秋子さんに謝る名雪だが、ちょっと様子がおかしい。言葉がとぎれとぎれになってきた。まさか…いよいよなのか？
「どうした…名雪」
「ごめん…実は…さっきから…凄く眠たくて」
「さっきって、いつ頃だ？」
「わたしが…イク少し前…から。でも、頑張って…頑張って…きたんだけど、もう…時々意識が…なくなってくるんだよ」
やはりな。時計を見れば、もう名雪が逝っても良い頃の時間になっていた。いつもはすぐ眠りに落ちてしまうから、確かに頑張っている方だ。これ以上名雪を起こすのも酷…か。
「もう寝るか？」
「そうして…良い？」
「あぁ…」
「じゃぁ最後に…」
その先の言葉は分かっている。もちろんお休みのキスだ。オレは両手を名雪の頬をそっと添えると、上を向かせた。
「名雪…お休み」
「祐一…お休み」
最後の挨拶をするとオレは名雪にキスした。いつまでもいつまでもキスをしていたが、それまでオレの首に回っていた名雪の手が力無く離れていった。
もう…『名雪』はこの世にいない。
もう…オレに会いに来ることもないのだ。
「うぅっ…」
オレは既に名雪の魂が抜けた秋子さんの体を抱きしめながら泣き出してしまった。しかし…感傷に耽るのは後にするべきだったのだ。
「ん…ん…」
秋子さん…目が覚める？しまった…今までは名雪が寝ても、朝起きるまでは秋子さんは起きなかった。しかし、名雪が居なくなれば秋子さんがすぐに起きる可能性は十分にある。今のオレ達の状態は、まさにＨ直後。二人は裸の上に、オレのはまだ秋子さんの中にあるのだ。
この状態で目が覚められたら何を言っても無駄だろうし、それどころか、オレと秋子さんとの関係が完璧に壊れてしまう可能性大だ。
だが、世の中とはなんて無情なんだろう。秋子さんの目が覚めてしまったのだ。そうして抱き合っているオレと目が合う。
「祐一…さん？」
オレは完全に言葉を失った。だが、間髪をおかずに秋子さんはハッと目を見開いて、顔を下に向ける。もちろん秋子さんとオレとが一つになっている部分は丸見えだ。秋子さんは慌ててオレから離れる。
「祐一さん…一体何を…。っ!?」
オレを問いつめるやいなや、秋子さんは内股に手をやった。
そして手には、粘性のある白濁液が着いていた。
それを見た秋子さんは、ぐっと唇を噛みしめ俯く。
「祐一さん…あんまりです。私は……名雪の代わりの人形じゃありません」
涙声の秋子さん。秋子さんは俯いたままベッドの横にあるパジャマを拾うと、着もせずにそのまま部屋を飛び出していった。
終わった…何もかもが終わってしまった。
【第十一話終わり】