皆さん、こんにちは星野明日香です。秋ってどうしてセンチな気分になるのでしょうか？私が体験したちょっとセンチな出来事をお話しします。

　始まりは、ある秋の日曜日でした。その日は「ぴあきゃろっと」でのバイトの日でした。客の混雑と言えば平均的ってところだったかな？まぁ、特に忙しくもなく特に暇でもなくいつも通り平凡だった。

　ある親子が来るまでは。

　一組の親子が店に入ってきたので、丁度フリーな私が対応にあたりました。

「いらっしゃいませ。ぴあきゃろっとへようこそ。何名様ですか？」
「この子と私の２名です。」
「ただ今禁煙席しか空いていませんが、それでもよろしいでしょうか？」
「え、えぇ…。煙草は吸わないから。」
「恐れ入ります。それではこちらへどうぞ。」

　その親子は、母親と五歳くらいの男の子。ファミレスに来る親子は、大抵親子三人、あるいは家族全員。まぁ人それぞれ事情があるのだろうから、これ以上深い詮索はしないで、ターミナルに簡単なデータを打ち込んだ。

「メニューをどうぞ。」
「え〜と、雅之？何にする？」
「う〜、これ。」
「それじゃ、Ｐｉａランチと、カルボラーナお願いします。」
「Ｐｉａランチのデザートと飲み物は何にしましょう？」
「デザートと飲み物だって。何にする？」

　一応、デザートのページを開いてはいるんだけど、どうやら見つけられない様である。私が場所を指して上げた。

「えっと、これか、これか、これ。そして、こっちはこれか、これか、これだよ。」
「プリンとミルク！」
「Ｐｉａランチ、ミルクとプリン。それにカルボラーナですね。畏まりました。ごゆっくりどうぞ。」

　メニューを下げてオーダーに入って暫くした後のこと。

　どうやらあの男の子はファミレスに来るのは初めてらしく、すぐに席を立っては、ちょろちょろ動き回っていた。その度に母親が窘めるんだけど、一向に母親の言うことを聞こうとしない。
　あの様子じゃ、ウェイトレスの誰かとぶつかるのは時間の問題なモンで、つい私が動いてしまった。

「つーかまえた。ねぇ君？楽しそうな店内だから、はしゃぎたくなるのはよーく分かる。けどね、お姉さん達、みんなの大切な物を運んでいるの。もし、キミがお姉さん達の誰かとぶつかって、君の楽しみにしているプリンをダメになったらイヤでしょ？」

　私は男の子の目線に合わせるようにしゃがんで話しかけた。
　私の話に男の子は黙って頷く。

「それなら、自分の席で楽しみに待っていようよ…。ね？」
「…うん。わかった、おかっぱのお姉ちゃん。」

　ぐっ…お、おかっぱと言うか、このガ…お子さまは。多少腹も立ったけど、顔には出さず、にっこりと微笑み、男の子の頬に手をそっと添え、これ以上ないという甘ったるい声で話しかけた。

「ねぇ君？おかっぱも良いけど、ショートカットの綺麗なお姉さんと呼んでくれるほうが嬉しいんだけどなぁ…ダメ？」
「う…ううん…。」

　そう言うと男の子は照れたのか、少しだけ頬を赤くして席に戻っていった。ふぅ…とりあえずは、よし…と。そろそろオーダーの品が出来上がる頃なので厨房に向かわないと。厨房に着くとマネージャと目があった。

「星野さん、お見事。あれから大人しく座っているわ、あの子」
「いやぁ、それほどでもないですよ。」
「まぁ、最後のはご愛敬と言うことで…」
「あ…アハハ」

　ちょうどオーダーの品が出来上がったので、早速ワゴンに乗せテーブルへと向かう。
　それからは特に何もなく、あの親子が帰るときちょうどキャッシャーには誰もいなかったので、再び私が対応することになってしまった。

「全部で１６８０円になります。」
「はい。」
「丁度お預かりいたします。ありがとう御座いました。またのご来店をお待ちしております。雅之君…バイバイ。」

　男の子は、これ以上ないと言うくらいの笑顔で、私に手を振りながら店を出た。
　まったく…人騒がせなお子さまだこと…。

　翌週からはシフトの関係上日曜日がオフとなったので、日曜日に萬屋の打ち合わせをすることにした。けれども、その日は風の強い日だったので、外での打ち合わせはできなかったから私達は「ぴあきゃろっと」に向かった。
　きゃろっとに入るや否や、河合さんが血相を変えて私の所にやってきた。一体どうしたんだろう？

「あぁ…星野さん丁度良かった。実は、涼子さんにの手にも負えない子供が居るんですけど、来ていただけますか…」
「アタシ、子供係じゃないんだけどなぁ…。雪子さん、えみりゅんをお願い。えみりゅん、ちょっと待っててね。」

　涼子さんというのは、ぴあきゃろっと２号店のマネージャー、双葉涼子。優しくて面倒見が良いと評判の良い人。この日は、たまたまプライベートで一号店に来ていたらしい。現場に向かう途中、子供の大きな声が聞こえてきた。
　うわぁ…こりゃすごい事態になっていそう。案の定、現場に着くと、さとみと涼子さんがが困り果てていた。涼子さんに至っては散々髪を引っ張られたらしく栗色の綺麗なロングヘアがボサボサになっていた。

「あっ、明日香良いところに来てくれたわ…どーにかしてよ、この男の子。」
「どーにか…って、あぁ、君は…」

　そう、先週母親と一緒に来たあの男の子だった。確か…雅之君だったかな？

「おねーちゃーん。」

　雅之君は、私の姿を見つけると抱きついてきた。

「おねーちゃんに会いたかったんだ。」

　いやぁ、こういうバイトをしているから制服目当てで来るヲタクっぽい人や、スケベな男どもに出会うことは多いけど、まさか就学前辺りの子供にこういうことを言われるとは思わなかったね。

「な、なんでお姉ちゃんなのかな？他にも一杯お姉ちゃんはいるのに。」
「そーよ。明日香がいないからアタシじゃダメなの？って言っているのに、がんとして聞かないんだから…」
「だって、ポニーテールのお姉ちゃん、怖いんだもん…」
「なんですってぇ…」
「まぁまぁ。こぉらっ、そういうこと言う物じゃないぞ。そゆこと言う雅之君、お姉ちゃんは嫌いだな。」
「………。ごめんなさい。」
「よし！じゃ大人しく座ろうね？」
「うん。」

　ふと誰かに肩を叩かれたので振り向くと、マネージャーが手招きをしていた。
　私は雅之君を席に座らせ、スタッフルームへと向かった。

「星野さん、今日一日、いやあの男の子がいる間だけでも良いから、入ってくれない？」
「私、今日友人と一緒なんですけど…」
「そこをなんとか…」
「星野さん、あなたのご友人は私がお相手すると言うことで、私からもお願い。」
「はぁ…。………わかりました。」
『ありがとう。』

　結局私は雅之君がいる間だけ、バイトする羽目になったのである。えみりゅんは…と言えば、涼子さんと話がはずんでいるようだ。さぁて…と。雅之君のオーダーを取りに行くか。

「雅之君、なににする？」
「えっとねぇ…」

　私は、ふとあることにに気づいた。

「それはそうと、雅之君。お母さんは？」
「あっち。」

　雅之君は、向かいのスーパーマーケットを指さした。なるほど、お母さんと買い物に来てはぐれたか何かして、雅之君だけ「きゃろっと」に来たんだ。たぶんお母さんはこのこと知らないな。
　いや、あるいは雅之君を捜している最中なのかもしれない。

「おかっぱのお姉ちゃん、これ。」
「えっ？」

　雅之君の声に振り向くと、雅之君はメニューのある場所を指さしていた。

「プリンアラモードね。畏まりました。でも雅之君、なにか違わないかな？」

　私はしゃがんで雅之君の視線にあわせた。

「ん〜と…。あ、しょーとかっとの綺麗なお姉さん。」
「よろしい。それじゃ、ちょっと待っててね。」

　雅之君のオーダーを取り終えて、厨房へ向かおうとしたときである。窓の外でこちらにかけてくる婦人の姿があった。私のしっている顔だ。そう、雅之君のお母さんである。私は入り口に向かった。

「こんにちは。雅之君なら奥の席にいますよ。」
「はぁ…はぁ…、あ、あなたは。すみません、ちょっと目を離した隙にいなくなってしまって。雅之がご迷惑をおかけしたと思います。申し訳ありません。」
「いえいえ。どういたしまして。」

　私はお母さんを雅之君の席に案内すると、コーヒーの追加注文をターミナルに打ち込み厨房へ向かった。

　結局、雅之君親子が「きゃろっと」を去ったのが１６時。私は二人が見えなくなるのを確認した後スタッフルームに飛び込む。

「星野さん、お疲れさま。ごめんなさいね無理言っちゃて。バイト代弾むよう、志保には言っておくから。あと、それと永倉さんの注文した品は私の奢りですから。」
「あ、すみません。ありがとう御座います。涼子さんの方こそ、えみりゅんのお相手ありがとう御座いました。えっと、私、急ぎますので、これで失礼しま〜す。」

　私服に着替えた後、急いでえみりゅんの元へと駆け寄った。

「はぁ…はぁ…ごめ〜ん。待ったでしょ？」
「あ、明日香ちゃんお疲れさま。涼子さんと楽しくお話ししていたから、全然暇じゃなかったよ。でも、もう、えみりゅん行かなきゃ…」
「だよねぇ…。ホントごめん。この埋め合わせは、きっとするから。」

　私とえみりゅんは「ぴあきゃろっと」を後にした。もう、こう言う騒動はないだろう…。しかし「二度あることは三度ある」と言う言葉を思い知らされるのである。

【第22話終わり】