その翌週、私の快眠は一本の電話で妨げられた。

ｔｒｒｒｒｒ、ｔｒｒｒｒｒ、

（なぁに？電話？どうせえみりゅんでしょ。居留守、居留守）

　しかし、一向に電話は鳴り止まない。まったく…あの娘のしつこさには、感服するわ。しゃーない、電話に出るか。

「はい、星野です。」
「あぁ、明日香？さとみだけど、今暇？」
「さとみ？どうしたの？」
「どうしたもこうしたもないわよ。アンタの彼氏が来ているわよ。」
「彼氏？」
「そっ、天使のようなとても可愛い彼氏がね。」

　まさか…

「もう、私達じゃ手に負えないわ…あの子。さすがに前みたく派手な駄々はこねずに黙ってはいるんだけど、どうやらアンタじゃないとダメみたいなのよ。」
「………。わかった…今行くから待ってて。」

　私は急いで着替え、ぴあきゃろっとに向けて自転車を飛ばした。従業員用の入り口から入り、スタッフルームに向かう。

「お早う御座います。」
「あ、星野さんごめんなさい。折角の休みを…」
「そのことは後で話すとしまして、さとみ、雅之君はどこ？」

　さとみに尋ねると、さとみは黙ってドアを少し開けた。その隙間から見ると、前と同じ席に一人だけで座っていた。でも、表情は暗い。きっと私がいないからなのだろう。

　私は、雅之君の姿を確認すると、ドアを閉めてさとみに質問した。

「雅之君一人なの？」
「見たいね。」
「お母さんはこのこと知っているの？」
「さぁ…。なにせ、ず〜っとダンマリだもの。」

　参ったなぁ…。なんでこうなるんだろう？ふと、二人を見ると「彼の待ち人はあなた」と言いたそうなのがありありと判る。

「はぁ…。判りましたよ。」
「ありがとう。でも星野さん、慎重にね。」
「判ってます。」

　私はスタッフルームから出ると、雅之君の所に向かう。

「まーさゆき君。こんにちは。」

　雅之君が私の姿を確認すると表情が明るくなった。やはり私を待っていたことに間違いはない。でも、表情が若干暗い。

「どうしたの？」
「お姉ちゃん、いつもの格好じゃない。」
「あ、日曜日はお仕事じゃないからね。」
「えぇ…？それじゃ、日曜日はお姉ちゃんに会えないの？」
「そ…そうなるね。」
「そっか…」

　雅之君はうつむいてしまった。ははぁ〜ん、何となく読めたぞ。ふと視線を逸らすと、マネージャが手招きをしている。

「雅之君、ちょっとゴメンね。すぐに戻ってくるから。」

　私は再びスタッフルームに戻った。

「どう？あの子は。」
「話していて大体判りました。やっぱりあの子は私に会いに来ているのには間違いないみたいです。でも、「いつもの格好じゃない」と言う言葉から、ただ単に私に会うだけじゃダメみたいですね。」
「そう…。あの…」
「お客様の年齢は関係ない。皆様に愛される「きゃろっと」ですよね。」
「それじゃ…」
「は〜い、星野明日香ピンチヒッターで入りまーす。ただし、バイト代弾んで下さい…な〜んてね。」

　私はそう言うと、制服に着替えて雅之君の所へ向かった。

「ま・さ・ゆ・き君。いらっしゃいませ。何にしますか？」

　私が制服姿で現れると、先ほどとはうって変わって雅之君の表情が明るくなった。そう、待ち人来たりという顔である。この場合の待ち人とは「星野明日香」だけではダメのようである。「ウェイトレス姿で微笑む星野明日香」とでも言えば良いのであろうか。

「えっとね…ロイヤルプリン。ふ…２つ。」
「二つ？お母さんが来るの？」
「お…お姉ちゃんと一緒に食べたいの…ダメ？」

　なにぃ？あ、アタシとだってぇ？一瞬呆気にとられたが、ふと雅之君をみてみれば「断られるんじゃないか？」と今にも泣きそうな顔をしているし、横を見れば見たで、マネージャーとさとみ達が「頼む…」と、手を合わせているし…。
　ふぅ…。もう乗りかかった船だ。最後までつきあっちゃる。

「いいよ。ありがとう。ロイヤルプリン２つね。」

　私はターミナルにオーダーを打ち込もうとしたとき、あることに気がついた。雅之君、お金持っているのだろうか？とりあえずは、私の支払いで打ち込んで置き、厨房に向かう。案の定、マネージャーは厨房の所にいた。

「星野さん、できれば、あのままあの子に着いていてくれる？」
「でも、幾ら事情があるとはいえ店員が席に着くのはまずくないですか？」
「確かにそうね。そう思って急場しのぎでこのプレート作ったんだけど。」

　渡されたプレートを見ると「Ｋｉｄ’ｓ担当」と書いてある。なるほど、これだと席につきっきりでも、なんとか他の客に納得してもらえそうだ。

「明日香ちゃん。プリン二つできたよ。」
「は〜い。」

　私は、「Ｋｉｄ’ｓ担当」のプレートを胸に付け、雅之君の注文したロイヤルプリンを２つ持ってゆき、向かい側に座った。

「お待ちどうさま。ロイヤルプリンだよ。ねぇ、雅之君。お母さんは雅之君がここにいるって知っているの？」
「………」
「ひょっとして、お母さんに黙ってここに来たの？」

　雅之君は黙って頷く。

「ダメじゃない、黙って来ちゃ。お母さん心配するでしょう？」
「ごめんなさい。」
「そりゃぁ、来てくれるのは嬉しいんだけどさ、お母さんを心配させちゃダメだよ。…ね？。」
「だって、お姉ちゃんが…す…好きになっちゃったんだモン。お姉ちゃんに会いたかったんだモン。一緒にプリン食べたいから、お小遣いを貯めたんだ。」

　す…好きって。まぁ、顔を真っ赤にしちゃって。私と一緒にプリン食べたいからお小遣いを貯めた…か。なんか可愛いな…こう言うのって。ちょっと…えみりゅん風に言えば、ちょぴっと胸がキュンとなっちゃったりして。

「ありがと。ひょっとして、これってデートのお誘いなのかな？」
「………。うん。」

　しかし、好きの度合い＆意味合いは色々あれども、まさか、お子様から告白されたりデートの誘いを受けるとは夢にも思わなかったね。偶然なのか、それとも野次馬なのか、さとみがとなりの席のオーダーに来ていたのであるが、去って行くさとみを見ると肩が震えてる。絶対笑っているな…ありゃ。

　それからしばらくの間、お母さんへの連絡方法をどうするかを考えつつ、雅之君と二人で話していると、一人の婦人がきゃろっとに向かってきた。雅之君のお母さんだ。違うと言えば、先週は「いるかもしれない」と言う雰囲気であったのが、今日は「ここにいる」と確信した感じで歩いていることだ。

「あぁ、またこの子は迷惑かけて…。ごめんなさい。あの、マネージャーさんはどちらにいらっしゃいますでしょうか？きちんとお詫びをしたいので。」

　私は雅之君のお母さんを事務所に連れてゆき、フロアに戻った。

『この度は息子が大変ご迷惑をおかけしまして…』
『いえいえ、お気になさらないで下さい。…お母さん？どうされました？』

　おっと、立ち聞きはよくないな…仕事…仕事…と。
　その日、ミーティング後マネージャーに呼ばれた。なんで呼ばれたかは、概ね察しがつく。

「星野さん…お話があるんだけど…」
「大体の見当はつきます。日曜日のシフトの事ですよね？」
「ええ…」
「そして、雅之君が来たら対応して欲しい…と。」
「ええ…。あなたに押しつける形になるのが大変申し訳ないんだけど…」
「………」

　すこし返答に迷った。どんな事情であれ、私を慕って会いに来てくれることは嬉しい。ただ、それが年の離れた年下の男の子であることに引っかかりを感じるが。

「判りました。引き受けます。」
「ありがとう。」

　さーて、来週からは雅之君担当か…。

【第23話終わり】