芹香さんの放ったインドラの矢により、とりあえず危機は回避できました。インドラの矢が槍に命中しましたが、槍が壊れたわけではなさそうです。

「うぉぉりゃぁ！」

　黒マントの男は芹香さんの攻撃にひるまず、槍を持ち替えて柄の部分を芹香さん向かって突きだしたのです。
　インドラの矢が効いたと思い、一瞬えみりゅんの方に視線を向けた芹香さんは突き出された槍の柄に気づいたのですが、それを避けることが出来ず、その突きをモロにお腹にうけてしまい、突き飛ばされてしまいました。

「芹香さん！」
「ほほぅ…人の心配をしている余裕があるのかな？アレくらいの攻撃では、この槍は壊すことはできないぞ…。」

　その声の方を向くと、再びえみりゅんの心臓めがけて槍が振り下ろされようとしています。ダメ…今度こそダメ…。えみりゅんは目を見開くだけで何もできません。うわぁぁぁぁぁぁっ！

　バチッバチッバチッ！

「うぉぉっ！」
「きゃぁっ！」

　振り下ろされた槍がえみりゅんの胸にあたった瞬間火花が飛び、槍がはじかれました。一体何が起きたのでしょう？えみりゅんの胸を見ると、服の破れ目から袋の破れたお守りが見えました。きっと槍があたった時に破れたのだと思います。

　このお守りは…たしかおじさんからもらったお守り…。おじさん…ありがとう。

「うぅ…なにがあったんだ？」

（チャンス！）

　もう、これが最後のチャンスです。黒マントの男が怯んでいる隙に、床に落ちているエアガンを拾いに向かいました。体中に激痛が走り、転びそうになりますが、痛みは強引に無視し、なんとか体勢を立て直します。リュックの中から４０発のロングマガジンを取りだして装填し、エアガンのセレクタをフルオートに切り替え、狙いを水晶玉に定めますが…

「くっ…。指の中にまで針があるりゅん…。だから、トリガーに指をかけられない…。くっそぉう…チャンスを潰すわけにはいかないんだ。えぇ〜い！痛っ！」

　もうなりふり構っていられません。指の中の針が皮膚を突き破るのも構わずに引き金を引きました。フルートで発射された純銀のＢＢ弾、４０発は、吸い込まれるように水晶玉に向かって行きます。

ピシッ！

「ぐぁぁぁぁっ…。オ…オレの身体に、は、針が、針がぁ〜！」

　水晶玉にヒビが入ると黒マントの男は苦しみだしました。やっぱり思った通りです。この召喚の儀式の全てを司っているのはあの水晶玉です。あの水晶玉を壊せば、えみりゅん達への呪いが消えるだけでなく、術者に跳ね返ることになるのです。
　水晶玉にヒビが入ると、全ての結界が解けました。けど…けど…もうダメ…。
　気力＆体力の限界で、えみりゅん、これ以上立っていられません。膝の力が抜けてしまい、崩れ落ちたえみりゅんを肩を抱いて支えてくれた人がいました。

　だれ？………芹香さん！……ありがとうりゅん。

　けれど芹香さんも左手でお腹を庇っていて辛そうな表情です。

「マイナさん、あーちゃん、えみりゅん達、もう…これ以上動けないの。だから代わりにあの水晶玉を壊して！お願い！」
「うん！」
「ハイ！」

　あーちゃんがタックルをして黒マントの男を怯ませている隙に、マイナさんが水晶玉の所に向かい祭壇の上から水晶玉を取り上げました。

「それにさわるなぁぁぁっ！」
「え〜とぉ…え〜とぉ…」

　黒マントの男は、水晶玉を取り返すべくマイナさんに迫ります。一方、マイナさんも水晶玉を奪ったのは良いのですが、それをどうしようか迷っているようです。

「え？『暖炉の煉瓦に叩き付て割れ』と言われても…、『急いで！』って、ハ、ハイ！」
「やめろぉぉっ！」
「えぇ〜い！」

　ガッシャーン！

　マイナさんが水晶玉を暖炉の煉瓦に投げつけると、水晶玉は粉々にくだけると同時に、真っ白い光を放ちました。この光はとてもまぶしくて目を開けていることが出来ません。そして、光なのになぜか風圧の様な物を感じたのです。

「ぐぁぁぁぁっ…、うぉ、うぉぉぉぉぉ〜！」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ！」

　針の呪い、それと召喚儀式のしっぺ返しが術者に来たようです。今までかけた物のが全て自分に跳ね返ってくる苦しみの凄さは、叫び声から容易に想像できます。私達も、光の圧力らしきもの受けている内に気を失ってしまいました。意識が無くなる寸前、なにかが宙に舞ったような様に見えました…。あれは何？

　はっ！

　気がつくとそこは病室でした。辺りを見回すと、あーちゃん、マイナさん、芹香さんも一緒です。

バサバサッ

　えみりゅんがベッドから起きあがると、何かが落ちる音が。なんだろう？あ！えみりゅんのカード！でもなんで？確かに、あの男に取られたはずなのに…。何がなにやら分からない内に一夜が過ぎてしまいました。
　後から看護婦さんから聞いて分かったのですが、えみりゅんたち四人は広場に倒れていたそうです。その広場の場所をよくよく聞いてみると、以前に芹香さんと出会ったあの広場になるのです。でも、その広場は洋館のあった所とは全く正反対の方角にあります。なぜえみりゅん達はあの場所に？

　翌日マイナさん達と洋館に向かいましたが、洋館のあったところには何もなく単なる広場があっただけです。

「ねぇ…ここに洋館あったよね？」
「え、えぇ…確かに御座いましたわ。」
「『夢でしょうか？』って？」
「まさかぁ？」

　あの出来事は夢？…にしてはリアル過ぎです。後日病院へ行き、腕のレントゲンを写すと針は消えていました。しかし、右手の人差し指には、針が突きだした時の傷がちゃんと残ってます。

　一方、明日香ちゃんの様態はどうなったかというと、一時期（要はあの時）は生死の境をさまよったのですが、奇跡的に乗り越えることができ、今では元気一杯です。

「えみりゅん、もう帰っちゃうの？」
「うん、ちょぴっと煙草屋にね。」
「それじゃ、おじさんに明日香が寂しがってる…って伝えて置いて。」
「わかったりゅん。それじゃ。」
「バイバイ。」

　明日香ちゃんのお見舞いの帰り道、煙草屋によりました。もちろん、お守りのお礼を言うためです。煙草屋に着くと、おじさんは店の前で洗車をしていました。

「おじさん…こんにちは。」
「おぉ。えみるちゃん、こんにちは。どしたの？」
「これ、ありがとうりゅん。そして、ごめんなさい。」

　えみりゅんは、袋がボロボロになったお守りを出しました。おじさんは、ボロボロになったお守りを見ると、黙ってこう言ってくれたのです。

「お守りは立派にえみるちゃんの身代わりになってくれたみたいだね。なんにせよ、えみるちゃんが無事で一安心だよ。そのお守りの供養は、身代わりになってくれた感謝の意味を込めてえみるちゃんがしてあげてね。良いところ紹介するから。」

　えみりゅんは、おじさんに紹介された神社に行きました。境内ではえみりゅんと同じくらいの年齢の巫女さんが一人で掃除をしていたのですが、なんか違和感があるんです。巫女服なのに、履いているのがバスケットシューズ…。

　普通は草履を履くのに、変な巫女さん…

「あの〜、お守りの供養に来たのですがぁ…」
「はいは〜い。どれ？うわぁ〜、なにこのお守り。中に入っている銀のプレートはそんなんでもないけど、袋はボロボロじゃない？それじゃ、こっちに来て。」

　えみりゅんは高台にある社に連れて行かれました。

「ハイ。それじゃ、このお盆にお守りを置いて『身代わりになってくれてありがとう』と、感謝の気持ちをこめて拝んでね。あぁ…柏手は打たなくて良いのよ。」

　えみりゅんは、手を合わせて拝みました。
　お守りさん、みんな。えみりゅんを守ってくれてありがとう。

「ハ〜イ、それで良いわよ。あとはこちらで責任を持って供養しますから。」
「それではよろしくお願いします。」

　えみりゅんは一礼して神社を後にしました。神社からの階段を下りていると、辺りは夕焼けで染まっています。うわぁ〜綺麗…。この夕焼けの景色をみながらあの出来事を思い浮かべてみますが、夢か現実かは未だに分かりません。

以上、ある夏の日の不思議な出来事でした…まる。

【第20話-2終わり】