日曜日の昼下がり、いつものように迷子のペットの捜索を終え、新たな捜索依頼の為の占いを終えたとき、けたたましいエンジン音のする緑色のオープンカーが萬屋の前で止まった。

「あ、ヒロシ兄さん。」
「あれ？明日香ちゃんってお兄さんいたっけ？」
「従兄妹なの。ほら、この間親戚の人で彼女と喧嘩した人の事占って貰ったじゃない？その人。」

　どうやら、そのオープンカーのドライバーは明日香の知り合いらしい。

「どしたの？」
「ちょっと近くを通りかかったんでね。あ、時間ある？」
「もうちょっとしたら、萬屋が終わるんだけど何？」
「いや、この間のお礼をしようと思ってね。」
「お礼って、占いの？」
「うん。」
「じゃぁ、相方のえみりゅんにしてもらえる？占ったのはこの人だから。ちなみにお礼ってなに？」

　従兄妹とはいえ、お礼の内容を先に聞くのは失礼な様な気がするが…。

「………。あのねぇ。前に行った喫茶店のスペシャルスパゲッティだけど。」
「あぁ！それ、明日香も食べたぁい。二人に奢ってくれないかなぁ…ねぇ…」
「おいおい、あれ￥１５００するんだぜ。」

　ヒロシが困惑しているのも気にせず、明日香は考え事をしている。

「でも、たしかヒロシ兄さんの車って二人乗りだよね？」
「そうだよ」
「う〜ん…困った。」

「どしたの？お客さん？」

　そんな三人のやりとりが聞こえたらしく、煙草屋の主人が外に出てきた。

「ほぉ…。スーパーセブンか…。ん？この音はひょっとしてＢＤＲ？」
「あ、わかるんですか？」
「まぁ、車好きなモンでね。ところでその喫茶店ってどこにあるの？」
「○○峠の麓です。」
「○○峠の麓の喫茶店？ひょっとして沢木さんの所？」

　"沢木"の名前が出ると、ヒロシは驚いた。

「知っているんですか？」
「まぁね。そうか沢木さんか…。久しく会っていないなぁ。明日香ちゃん場所知ってる？」
「ええ、大体はわかりますけど。」
「よし。じゃ、明日香ちゃんはオレが送るよ。綺麗所を独り占めしちゃ恨まれるかな。フフフ。えみるちゃんは、そっちに乗るかい？」
「なんか格好良さそうな車…。うん！えみりゅん、こっちに乗る。」
「よし。それじゃ、先にいってて。後から追いつくから。」

　そう煙草屋の主人が言うと、えみると明日香は片づけを始め、それが終わると、えみるはヒロシのスーパーセブンに乗って一足先に出発した。それを見送った後、煙草屋の主人と明日香はガレージに向かう。

「ねぇ、おじさん。ヒロシ兄さんってすっごく早いんだよぉ。」
「みたいだね。」
「『みたいだね』って…大丈夫？」
「はい、どうぞ。お嬢様。」

　ガレージの中に入ると、一台の白いセダンがあった。そのセダンは流行の丸型なボディラインではなく、キチッと折り目正しい折り紙のような角形のセダンで、ヘッドライトが丸形四灯の如何にも旧車と言う感じの車であった。

「ねぇねぇ…なんて言うのこの車。見たこと無いけど…」
「カローラだよ。１８年前のだけど。」
「えぇ…そんなに古いのぉ。」

　明日香は文句を言いながらも、助手席のドアを開け車に乗った。だが、明日香の車に乗る仕草を見て、煙草屋の主人は「ほほぉ…」と言う感心したような顔つきをした。
　なぜなら、明日香は脚から乗り込むのではなく、一旦シートに腰をかけ、それから膝をそろえて脚をフロアに入れたのである。

　イグニッションキーを捻ると、セダンには似つかわしくない勇ましいエンジン音＆エキゾーストノートが響いた。けれども、単なる格好だけの音なのか、チューニングされた上の音が分かるのか、明日香はつぶやいた。

「あ、なんかヒロシ兄さんの車の音みたい。」

　明日香の言葉に軽く微笑むと、カローラは煙草屋を後にした。

「お、コンビニかどこかに行っていたか。」
「ねぇねぇ…ホントに大丈夫なのぉ。ヒロシ兄さんこの峠すっごいスピードで走って行くんだからぁ。」

　明日香達が信号で待っていると、えみる達のスーパーセブンが後ろについた。ルームミラーを見ると、えみるが手を振っている。

「あっすかちゃぁ〜ん…う、うわぁ〜。」
「こっちが前を走るとペースが遅いと判断したんだな…。まぁ…無理もないか。」

　信号待ちで、カローラの後ろについたスーパーセブンであるが、信号が青になるや否や、猛ダッシュをしてカローラを追い抜き、そのまま峠道に入り、リズミカルにコーナーをクリアしていった。

「まっ、これくらい離しておけば…って、なにぃ？」

　ところが…である。峠の入り口で猛加速で抜いてルームミラーから消し去ったはずのカローラの姿が、ルームミラーに見えたのである。

「おいおい１０年前のカローラだろ？なんであんなに早いんだ？」
「わーい、ジェットコースターみたい〜。えみりゅん楽しい。」

　思いもしないカローラの追撃に、ヒロシはシフトダウンをして再加速をした。スーパーセブンとカローラは峠道を高速道路であるかのように走って行く。

「そう言えば、さっきトランクリッドの左側に"ＧＴ"って文字が見えたな…。そうか。あれは７１(ナナイチ)セダンか。でも、確か"２Ｔ−Ｇ"ってグロスで１１５馬力なはず。幾らツインカムエンジンとはいえ、峠でセブンと張り合えるなんて…。たとえチューンしてあっても。」

　半径約６０ｍ位のコーナーが迫ってきた。ブレーキングと同時にギアを２速に落としながら、アクセルを煽り、エンジン回転を上げクラッチを繋ぐ。そして、ブレーキの踏力を少しゆるめ、減速Ｇを消しながらステアリングを滑らかに切ってゆく。
　そしてコーナーの一番内側に付いたところで、アクセル全開でコーナーをクリアして行く。

　コーナー侵入時で約１１０ｋｍ／ｈ、脱出時で約１００ｋｍ／ｈ、昼間の公道を考えると十分"攻めている"速度である。さすがのカローラもコーナー侵入時はセブンと同等とは行かない。だが、コーナー脱出の加速度はセブンを凌駕していた。

「うわわわ…おじさん、スピード出しすぎ。」
「そぉ？いつも乗せて貰うと、これくらい出さない？彼。」
「そりゃ、ヒロシ兄さんスピード出すけど、"キンコン"は鳴らさないモン！」

　コーナー侵入では若干離れるものの、立ち上がりではセブンの加速を上回る。カローラの助手席でシートベルトに掴まりながら抗議する明日香と同時に、加速でスポーツカーのセブンを煽ってくるカローラにヒロシは困惑していた。

「なんで、あんなに速いんだ？」

　それまでジェットコースターに乗っているかのようにはしゃいでいたえみるだが、いつの間にか静になっている。えみるが何も話さなくなっていたのはヒロシも気づいていたが、あえて何も言わないでいたが…。

「ねぇ…」
「なに？」

　ヒロシが横にいるえみるに呼びかけられて、横目でえみるをみた。

「おい、顔色が白いぞ…まさか…」
「えみりゅん、ぎぼぢわるい…」
「なにぃぃ？」

　確かにスーパーセブンと言う車は車高が低い。下手をすればマイクロミニのスカートの中を覗けるくらい。車高が低い故、コーナーを曲がるときには車体がロールしにくい。それゆえコーナリングスピードが高いのだが、車がロールしない分、その反動は乗っている人間に来る。

　つまり、カローラの追撃を振り切るためのハイスピードコーナリングの連続において、この様なドライビングになれていないえみるが乗り物酔いをしてしまったのである。

「わ、わかった。すぐ車止めるから…」

　そう言うと、ヒロシはスーパーセブンを路肩に止めた。前方を猛スピードで走っていたスーパーセブンが急に止まったので、後ろを走っていたカローラも一緒に止まった。

「どうした。何かあったのか？」

　煙草屋の主人が車を降りて、ヒロシの所へ向かい声をかけた。

「い、いや。この娘が酔ったらしくて…」

　えみるを見ると、真っ白な顔をしてドアに寄りかかっている。

「あっちゃぁ〜。えみるちゃん…大丈夫？アレだったらこっちの車で横になるかい？」
「う゛ぅ〜…そうする…」

　えみるはゆっくりセブンから降り、煙草屋の主人に支えられカローラの後部座席で横になった。

「えみりゅん、どうしたの？」
「………。酔っちゃった。」
「ありゃ。」

　その後、明日香がセブンに乗ることになり、えみるの回復を待ってから出発することになった。幸いにもえみるの酔いは軽かったので、そんなに時間はかからずに再出発することができた。

「おー。"ロマン"も久しぶりだなぁ…」

　やがて"ロマン"に到着し、ヒロシ達４人は喫茶店の中に入ると、カウンターにいる店員らしき人物から声が挙がった。

「お、南場…久しぶりだな。どういう風の吹き回しだ？」
「いやなに。ウチのお嬢様方がここの料理がお気に入りと言うことなんでな、アッシー君をしたんだよ。」
「まぁ、ゆっくりしていってくれよ。」
「あぁ、そうさせて貰う。」

　煙草屋の主人と、明日香とえみるは、窓側の席に座った。
　ヒロシはカウンターに座ると、マスターに話しかけた。

「マスター、どなたですか？」
「古い知り合いさ。」
「で、あの７１やたら速いんですけど…」
「ヒロシ、おまえ張ったのか？」
「ええ。」
「おまえ相手が悪すぎるよ。あのカローラ、ボディはラリー用に補強されているし、エンジンだってどこから調達したのかわからないが、２Ｔ−Ｇ　４バルブヘッドを組んで、ほぼＷＲＣのＴＴＥ　２７レビンに準拠しているんだから。」
「ひょっとして、もとラリーストとか言うオチじゃないんでしょうね？」

　マスターは笑いながら窓際の席に向かった。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか？」
「あ、マスター、こんにちは。」
「こんにちは。明日香ちゃん。」
「そうだな。スペシャルスパゲッティ３つ頼める？あ、セブンの彼にはハムトーストセットを。全部オレの奢りで良いよ。」
『わーい、おじさんありがとう。』
「畏まりました。」

　マスターは再びカウンターに戻り、注文の品を調理し始め、一番最初にできあがったハムトーストをヒロシの前にだした。

「あれ？おれ頼んでいないですけど？」
「フッ…。ラリーストのおっさんの奢りだとさ。」

「おい、おっさんは無いんじゃないか？」

　煙草屋の主人は笑いながらマスターに抗議しながら何かをヒロシに投げた。

「あ、どもすんません。…っと！なんすか？このキー。」
「アレだったら乗ってみるかい？あのカローラに。」
「え？じゃぁ、食べ終わったら是非。」

　ヒロシは急いでトーストセットを食べ終えた後、店を出て、カローラに乗り込み峠道へと繰り出した。そしてえみると明日香が料理を食べ終え、食後のコーヒーがテーブルに届き、食後のティータイムも終盤にさしかかろうそした時、再び"ロマン"へと戻ってきた。

「いやぁ、速いわ。あのカローラ。あ、キーどもです。ところであのカローラ何馬力あるんですか？」
「そうだねぇ…。２０００ｃｃにアップして、なんだかんだ言いながらワークス並のチューンしているから、２００は出ているかな？」
「に…２００馬力っすか？車重は？」
「ん〜、約１ｔかな？」
「ば…化け物カローラ。ありゃホントに羊の皮をかぶった狼ですね。いや、貴重な体験をさせていただきました。」

　そう言うとヒロシはカウンターに戻る。

　ふと何かを思いついたのか、明日香が質問をした。

「ねぇ、マスターが"ラリースト"って言っていたけど、おじさん、ラリーやっていたの？」
「昔…ちょっとだけトヨタにいたことがあってね…」
「全然そんな感じしなかった…」
「あのね(^^;」

　ふと時計を見ると４時を指そうとしている。

「明日香ちゃん、そろそろバイト良いの？」
「あぁ！そろそろ行かなくちゃ。」
「じゃ、行こうか。」
『うん！ごちそうさまでした。』

　煙草屋の主人は、カウンターに向かって歩き出した。

「それじゃ、行くわ。ほい、お代。」
「また来てくれよ。明日香ちゃんも、そちらのお嬢さんも。」
「そのうちな。」
『ハイ！是非とも。』

　チューンされたエンジンの勇ましい音を残して、えみる達を乗せたカローラは"ロマン"を後にした。

【第21話終わり】