横浜中区、ちょっとアップダウンのある住宅街を自転車で颯爽と駆け抜けるセーラー服姿の女子高生。そう、星野明日香である。彼女の行き先は？と言うと、もちろん『りゅんりゅん萬屋』である。

　けれども、明日香は萬屋に行く前に寄るところがあった。それは、一年の時に着ていた夏服が育ち盛りの体に合わなくなってしまったため、先日オーダーした新しい夏服を受け取りである。

「やぁ、自転車も新しくなったし、夏服も新しくなるし、気分一新って感じ？」

　上機嫌な明日香は、自転車のスピードを上げ気味にして走っていた。ところが交差点を快走する明日香に向かって、後ろからベルを鳴らしながら追い越す人物がいた。

「な、なぁに？…あ、それってこの明日香ちゃんに対しての挑戦？」

　明日香を追い越した人物は、明日香と同じくらいの年齢で、眼鏡をかけている長い黒髪の女の子である。

「よぉし、受け手たとうじゃないの。」

　それから明日香と眼鏡の子で競争となった。ある時は、コーナーで明日香がまたあるときはストレートで眼鏡の子が前に出るというデッドヒートだ。そして明日香が先行して左カーブを曲がるときである。

「ここのコーナーはイン側に砂があるんだよね。だから、ちょぉっちアウト側から入るのがベストなんだよね。」

　そうつぶやき、進路をアウト側に取ると眼鏡の女の子は一気に明日香のイン側に入り込んだ。

「わっ、そんなライン取ったら転けちゃう！」

　確かに砂にのった瞬間、眼鏡の女の子の自転車の後輪が横滑りを始めた。いわゆるテールスライドという現象である。ところが…。

「えっ？嘘っ！？逆ハンあててる？」

　その女の子は転倒しないように、小刻みにカウンターで修正してコーナーをクリアしてゆく。明日香はそれに見とれたため、自分のリズムが狂ってしまった。

「あっ、しまった。ライン取りをミスった！」

　曲がるタイミングを間違ったために、コーナーを曲がりきれず、その軌跡がアウト側へと膨らんで行く。必死になって自転車をイン側に倒して曲がろうとするが、いかんせんスピードが出ているためこれ以上は不可能である。

　結局、道路脇にあるゴミ収集場のゴミ袋の集合体へモロに突っ込み、そのショックで自転車から放り出され、地面にうつぶせの状態で落下した。

「イタタタ…、あ、あの人どうなったかな？」

　明日香が路上へと視線を向けると、あと少し頑張ればコーナーをクリアできそうな状況であったので、心の中で「どうか？」と思った瞬間、予想もしないことが起きた。

　いきなり、右に転倒したのである。

　今までの砂のあるところから、いきなり摩擦力の高いアスファルトに出たものだから急に路面とタイヤの摩擦力が高くなったことにより、横滑りは収まった。しかし、このような状態になると、自転車（二輪）の挙動と言うのは今まで倒していた側と反対の方向へ倒れるのである。

「きゃぁぁぁぁぁぁ〜」
「あぁ！」

　なまじスピードがのっていただけに、右に転倒した瞬間自転車から投げ出された勢いでガードレールを飛び越え、その下にある川へとスカイダイビングした。

「大丈夫！？」
「大丈夫でぇす。」

　慌てて起きあがり、ガードレールの所へ駆け寄り眼鏡の子に向かって声をかける明日香。深い川が幸いしたのか、眼鏡の女の子に怪我は無かったらしく、自力で川から出てきた。眼鏡の女の子が自分の真下に来たとき、明日香はガードレール越しに手を差しのべる。

　眼鏡の女の子は、明日香に引っ張って貰いながら上った。

「ありがとう。」
「いえ、どういたしまして。ホントに大丈夫？」
「ええ、川が深かったからズブ濡れになるだけで済んだわ。」
「それは良かった。あっ！私、用事があるんだ、それじゃ。」

　明日香が夏服を受け取り向かった後、いつもの煙草屋に到着すると、えみるが驚きながら声をかけてきた。

「あっ！明日香ちゃんどうしたの！？」
「い、いや、ちょっと自転車でバトルしてね。転けちゃった。」
「あぁ、血が出てるぅ…」

　えみるの言葉に自分の身体を見てみると、膝が２カ所、肘も２カ所ほど擦り傷がある。もちろんストッキングと、制服の袖もすり切れている。

「おや、明日香ちゃんいらっしゃい。どうしたの？」

　えみるが救急箱を持ってきて明日香の手当をしていると、煙草屋の主人が声をかけてきた。明日香は、えみるに話したのと同じ事を話す。

「おやおや。でも事故には気を付けてね。それじぁえみるちゃん、僕は"コレ"に言ってくるから、さっきお願いしたお店番を頼むね。あ、明日香ちゃん。転倒の時にすっかり汚れちゃっているから、シャワー入りなよ。」
「うん、行ってらっしゃ〜い。」
「おじさん、ありがとう。」

　煙草屋の主人は"コレ"の言葉と同時に何かを握るような感じで手首をひねる仕草をして煙草屋を後にする。早速二人は煙草屋の中に入り、えみるは店番、明日香は風呂場へと向かった。

　しばらくすると、常連客の一人がやってきてえみるに話しかける。

「あれっ？今日は占いじゃないの？」
「おじさんが"コレ"に行っちゃったから、それまではお留守番なんだりゅん。」
「フフッ…なるほどね。いつも…っても分からないか。右から３つ目のヤツ一箱もらえるかな？あぁ…１個じゃなくて、その下にあるヤツ。そうそう、それ。」
「えっと、２８００円になるりゅん。ありがとうございましたぁ。」

　それから何人か常連客がやってたが、客のピークも過ぎた頃合いを見計り、休憩中の立て札をかけて明日香の様子を見に向かった。

「えっと…お風呂場は…。あっ…」

　えみるが居間にさしかかると、ソファーの背もたれに明日香の制服が掛けられてるのを見つけ、制服を手に取ってみる。

（へぇ…。これが清華女子の制服なんだぁ…。うわぁ…すごい肌触りが良い上着なんだぁ…。着てみたらきっと気持ちいいんだろうなぁ…）

　えみるは、明日香の制服に触れている内にだんだん清華女子の制服を着てみたくなった。

「まだ明日香ちゃんは戻ってこないよね。あはっ…。よぉし…ちょぴっと着てみよう。あ…、えみりゅんの着替えを覗いちゃダメダメだりゅん…て、小説じゃ覗こうにも見えないか(笑)」

　丁度そのころの明日香と言えば、シャワーを浴び終え、バスルームから脱衣所へとあがり、下着をつけ終わったところだ。

「ありゃ、しまったぁ…新しい夏服、居間に忘れてきちゃったよ…。」

　明日香は風呂場のドアをそっと開け、首だけ廊下に出して誰もいないか確認する。

「どうやら誰もいないようね。まっ、裸じゃないんだし、ノープロブレム×２。」

　やはり、女子校と言う男性とは触れる事のない女性だけの閉じた空間にいると、恥じらいという感覚が薄くなってしまうのであろうか。明日香は下着姿で廊下に出てしまう。

（あ…）

　明日香が居間に戻ると、明日香の制服の上着を着ようとする下着姿のえみるを見つけた。

「人の制服で何やってんの？」
「あ゛…あ、あ、明日香ちゃん、も…もう上がったの？」
「じぃ〜…」
「あ、あはは。えみりゅんね、清華の制服をちょぴっとの間だけ着てみたいなぁ…って、思っただけなんだりゅん。それだけ、うん、それだけなんだりゅん。」

　えみるの弁解に対し、あえて何も言わずに居間に入る明日香。

「ふ〜ん。ま、人の制服でヘンな事されてないみたから別に良いけどね。でも…」
「でも？」
「えみりゅん、ウェストのラインが綺麗だねぇ…。思わず抱きしめたくなっちゃうくらいに。」

　明日香は、下着姿のえみるをまじまじと見つめた。

「え？や、やだなぁ、そんなに見つめちゃ恥ずかしいりゅん。」

　恥ずかしさからか、明日香に背を向けるえみる。明日香は、そんなえみるの仕草を見るとえみるをからかいに出るべく後ろから抱きついた。

「…！。あ、明日香ちゃん？」
「えみりゅん…可愛いよ。」
「や…ヤダ。ちょっと…」

　えみるは、もがいて明日香から離れようとするが、明日香は離れない様しっかり抱きしめて、手のひらで包み込むような感じでえみるの胸に触れた。

「フフ…、マシュマロみたいな可愛い胸。」
「ちょ…ちょっと？変なところさわらないで…何するのよぉ…」
「どうして？可愛い胸じゃない？ねっ…」
「ヤダヤダヤダ…離して…、離し…、んんっ…はぁっ…」
「………。あっ…ゴメン。」

　気がつくと、えみるが暴れたためにブラジャーの右の肩紐が外れてしまったのである。そして明日香の左手がえみるの右乳房に直に触れていた。さすがの明日香も、からかいすぎたと見えてえみるから離れるが、えみるの様子が変である。

　立ち膝状態で、腕で胸を隠すような仕草でうつむいたままでいる。

「えみりゅん…？」
「…！」

　慌てて明日香がえみるのえみるの正面に回り、しゃがみながら声をかけると、いきなり両肩を掴まれ後ろに押し倒された。明日香は尻餅は付いたものの、手を床に着け、床に押し倒されることを回避した。

　そして次の瞬間、えみるの表情と言葉に驚愕することになるのである。

「明日香ちゃん…好きだよ。」
「えっ？（う…嘘、この娘、こんな表情出来るの？いつもと全然違う…）」

　いつものえみるは「幼い」と言う言葉がピッタリの表情であるが、この時はまさに「色っぽい大人の女性」の表情を見せたのである。余りの表情の変化に明日香は動揺してしまった。

「あ…胸…胸出てるよ…」
「うん？明日香ちゃんになら…見られても良いよ…」

（ちょ…ちょっと待ってよ。それって…）

　明日香の言葉に頬を染めるえみるを見て更に動揺する明日香。その動揺している明日香の頬にやさしく手を振れ、追い打ちをかけるえみる。

「明日香ちゃん…キスしていい？」
「えっ！？えぇぇぇぇ！あ…あたし達女の子同志じゃん。」
「男女なんて関係ないよ。明日香ちゃんだからだよ。きゃっ、言っちゃった。」

（しまったぁ！アタシは開いては行けない扉を開いてしまったのかぁ！）

　明日香が後悔するが、時既に遅しと言った状況である。それでも後ろに逃れようとするが、明日香が後ろに下がった分、えみるも前に出て距離を詰める。

「明日香ちゃん…」
「あぁ…あぁ…」

（あぁ…アタシのファーストキッスが…貞操がぁ…）

　二人の唇の距離が数センチまで迫ろうかという状況に対して、明日香は目を開いた状態で声を出す事も体がこわばり、抵抗することも出来なかった。

【第11話終わり】