今ではだんだん数が減ってきて、珍しくなってしまった商店街の煙草屋。そんな懐かしい煙草屋の窓口の横に、真っ白な膝掛けクロスで覆われた小さい机が置いてあり、そこには高校生にしては少し幼い顔立ちの髪を両お下げに結んでいる女の子が座っていた。

　机の上を見ると、カードらしき物と「占い」と書かれた小さなプレートが立てかけられている。

　客足が少ないのか、彼女は少し退屈そうに足を左右交互にぶらぶら動かしていた。

「えみるちゃん、今日もさっぱりだねぇ…」

　退屈そうにしている女の子の名前は、永倉えみるという。そんなえみるの様子を見かねてか、煙草屋の主人が店から出てきてえみるに声をかけた。

「ぶぅ〜、えみりゅん退屈ぅ〜。誰もで良いから通りかかって欲しいりゅん！」

　自分の事をえみりゅんと言ったり、語尾に「りゅん」等が付く独特の言葉使い、（これを「えみる語」と言うらしいのだが）えみるは少し…えみる語で言うなら「ちょぴっと」変わった女の子である。

　まぁ、ちょぴっとだけ夢見がちで純粋無邪気とでも言えばいいのであろうか。

「あ、えみるちゃん、ほら。向こうから高校生が歩いてくるよ。」
「え？ホント？よぉし…」

　えみるが振り向くと、白と緑を基調としたセーラー服の制服を来た高校生が、三人ほど歩いてきた。おそらくは学校帰り、友達同士で寄り道の途中なのであろう。
　えみるはふてくされるのをやめ、きちんと座り直し、その高校生らが近づいてくるのを待った。 「ねぇねぇ…。占いだって。」
「へぇ…こんなところで珍しいねぇ…」
「占いって、一体どんな占いだろ？」

　余りの珍しさに、その三人はで立ち止まり、遠巻きからえみるのことを見つめている。
　自分のことを見つめていると知ったえみるは、これ幸いとありったけの笑顔を作って、高校生たちに声をかけた。

「いらっしゃいませ。占いはいかが？」

　だが、いきなりそう呼びかけられても困る物である。

「どうする？」
「どうするったって…」

　しばし、小声で相談しあっていた三人が、髪をショートカットにした女の子が声を上げた。

「あたし、見てもらう！」
「えっ！？明日香、マジで？」
「ちょ…ちょっと、星野？」

　友人が問いかけた時には、星野明日香と言う女の子は駆け出した後である。

「ねぇねぇ、占いって何？タロット？手相？それとも風水？おみくじ？あぁ、そこにカードがあるからタロットだね。」
「えっとねぇ、えみりゅん占いだよ。」
「へっ？」

　えみるはタロットカードを使い、独自の占い方法での占い「えみりゅん占い」が出来るらしい…と言うのはえみる自身でそう言っているからである。だから、いきなりこう言われても、即座に理解できる人はいない。

「でも、その机の上にあるのってタロットじゃないの？」
「カードはタロットでも、占い方法は えみりゅん占い なんだりゅん。」

（なにこれぇ…ヘンなのに飛び込んじゃったなぁ。はぁ…。さっさと済ませて立ち去るか…）

「わ…解ったから、占って頂戴。」
「了解だりゅん。で、何を占って欲しいのかな？」
「う…」

　イヤになりつつも、さっさと占いを終わらせて立ち去ろうとした明日香だが、占って欲しいことまでは考えていなかった。

「そ…そうだなぁ。じゃぁ、今日これから向かうショッピングについて。人気のブランド物が、売り切れずちゃんと買えるか…とか、人気のチケットが取れるか…とか。とまぁ、こんな感じで」
「解ったりゅん。」

　明日香の希望を聞くと、えみるはタロットカードをシャッフルし、独特の並べかたで占い始めた。占いの最中の明日香と言えば、いかにも胡散臭そうな物を見る様な目でその様子を見ている。

「でたりゅん。」
「どれどれ？」

　１００％怪しいと思っても、一応聞いてしまう明日香であった。

「えっとねぇ…欲しい物は、欲しい順番に買えば手に入るりゅん。でも…」
「でも…なに？」
「足下と目線に注意だって。」
「はぁ？なにそれ？」
「それしか言えないりゅん！」

　これ以上ヘンな占い師に関わりたくなかったので、明日香はこの辺で去ることにした。

「はぁ…解った。ありがとう、で、見料は幾ら？」
「け…見料…？あ…あの…その…」

　実は、えみるにとって明日香が最初の客なのである。今まで客がこなかった事から、見料はこれっぽちも考えていなかった。黙っていても仕方がないので、とりあえず思いついた金額を、今にも消え入るような声で答えた。

「ご…五百円でいいりゅん…」
「五百円ね…。ハイ。どうも。」
「ありがとう御座いました。」

　見料を支払い、立ち去る明日香をえみるは笑顔で見送る。

「えみるちゃん、良かったねぇ…」
「うん！きゃぁ〜、初めてのお客さんだったんだぁ。えみりゅん、すごく嬉しいりゅん！」
「その五百円は普通の五百円とは違うよ。」
「うん。なんか使うの勿体ないなぁ…。あ、そうだちょぴっと待っててね。」

　えみるは商店街に向かって駆け出した。やがて、手に二つのソフトクリームを持って帰り、片方を煙草屋の主人に差し出した。

「ハイ、これ。さっきのお金で買ってきたの。いつも場所を貸してくれるお礼…には足りないけど。」
「ありがとう。嬉しいよ。」

　ソフトクリームを食べ終わった頃、何気なしに煙草屋の時計を見ると午後６時を回ろうとしている。

「あぁ！えみりゅん、用事があったんだ。急いで片づけなきゃ…」
「良いよ。オレがやって置くから。」
「悪いから、えみりゅん、やっていくよ。」

　結局二人で片づけることにし、その甲斐あって後かたづけにそう時間はかからずに終わる。

「おじさんありがと。じゃぁまたね〜。バイバイりゅ〜ん」
「ほい、さようなら。またね。」

　えみるは煙草屋の主人に礼を言うと、駅に向かって駆け出した。煙草屋の主人は、えみるの姿が見えなくなったのを確認してから店の中に戻った。

【第１話終わり】