その日は、年に１度行われるクラブ予算要求の会議の日であり、各クラブの部長副部長が会議室に勢揃いしていた。皆が、真剣に会議開始時刻を待っている最中、左手で頬杖をつき、右手ではシャープペンシルを揺らして退屈そうにしている髪を独特なアップスタイルにまとめている女の子の姿があった。
彼女の名前は片桐彩子。きらめき高校の２年生で美術部副部長である。
彼女は、このような堅苦しい席は苦手なのでいつも何かと理由を付けて欠席するのである。今日もいつものように…
「Oh！部長、私、部員引き連れて絵の具の買い出しに出かけます」
と、理由を付けて欠席しようと思ったのだが、さすがの部長も予算会議を欠席させるような甘いことはせず、「ちょっと待ちんしゃい」と、制服の襟をつかみ、そのままずるずると引きずってゆき、会議に連れ込んだのである。
その連れて行かれる様を見た部員が一同に思ったことは…
『あぁ、とうとう捕まっちゃった。ありゃ文字通り「首根っこを押さえられた」ってヤツだな。』であった。
そして会議室に放り込まれ、久々に二人揃って参加と思いきや、なんと用事があるので副部長一人で出席して欲しいとのこと。それに対して彩子は猛烈な抗議をしたが、部の資材に関しては貴方の方が詳しいから予算が取り易いだの、なんだかんだいわれ、日頃の行いを少しずつ切り出されたときには、承諾せざるを得なかった。
別れ間際に「ホントに信じらんな〜い。部長のバカバカバカ。意地悪」！と、さんざん悪態を付いたが、そんなことに動じる部長ではなく、振り返りもせず軽く右手を振って去ってしまった。あとに残されたのはふくれっ面の彩子だけである。
会議の時間が来たので、生徒会執行部員が出欠確認を行っていると、
「あ…あの、スミマセン。演劇部ですけれども、部長が欠席なので副部長のみの参加となります。」
メガネをかけたおとなしそうな女の子から声が挙がった。他にはないか？という執行部の発言があったので先ほどの恨みも込めて
「ハ〜イ(--)/、美術部ですけれど、怖くなって部長が逃げ出しました〜」
と彩子が言うと、軽い笑いが周囲からあった。
会議はとてもスムーズに行われた。ところが演劇部と美術部は、どちらとも今年の学園祭に向けて事業を持っているらしく、例年より、予算要求が高めであったことにより、予算の総枠に収まらない事態が生じた。つまり、どちらかが要求額を削らなければならないのである。他の部に関しては、例年通りの額で配当されたので、後はもう両部での話し合いだけである。執行部は無情にも「両部で話し合い、近日中に報告に来ること」と二人に告げ、予算会議は終了となった。
もう会議室には、彩子とメガネをかけた女の子しか居ない。彩子は
（全くもぅ〜。何なのよ今日は一体？厄介ごとばかり、unbilevable!）と、ふてくされてながらふと横を見ると、メガネをかけた女の子がなにやら困っているのに気がつき、声をかけようと思った。…が名前が解らない。
「ねぇ、私、片桐彩子って言うの。What's your name?」
考え事をしているときにいきなり声をかけられたのだから、メガネをかけた女の子は少しビックリしたようで…声が上擦ってしまったようである。
「は、はい。私、如月未緒ともうします。２年Ａ組です。」
「Oh！私も同じ２年生なの。Ｄ組。同じ２年生副部長同志よろしくね。ところ で、どうしたの？何か困り事？」
と、立て続けに言われてしまい少し焦りながらも未緒は、今演劇部の部長が入院していること、しかも部の顧問が産休代替教諭なので、まだ部のこと自体把握し切れていないこと、それにより予算書の内容のうちどれを削って良いか解らなく困っている事を話した。
それを聞いた彩子の心中を表情にするならば、さしずめ「(--;ゞ」であろうか？このまま会議室にいれば、どれだけやっかい事が増えるか解らないので、とりあえずは会議室を脱出することにしたいのだが、まさか自分だけ逃げ出すわけにもいくまい。そこで未緒に相談を持ちかけることにした。
「ねぇ、良かったら続きを別のところで話さない？気分転換にさ。おいしい店知っているんだ」
それに対し未緒は
「え、えぇ。そうですね。もう少しで下校の時間ですし…。」
彩子の提案に案外素直に応じ、二人揃って、会議室を後にした。
彩子のよくいく店は、きらめき高校から歩いて約１５分くらいの所にある。ところが、自分の家とは反対方面にあるので通学定期は使えない。従って徒歩と言うことになる。彩子は、いつものように歩き出した。が、未緒は少しだけ困った顔をしながらも彩子の後に続いた。
（今日は少し日差しが強いなぁ。こんな日は何が美味しかたっけ？）と、呑気なことを考えながら歩いているうちに目的の店が視界に入ってくる。
「あぁ、見えてきた見えてきた。あの店だよ如月さん。さぁ、Let's…あれ？」
彩子は、自分の横に居るであろう未緒に声をかけた彩子だが、なぜか彩子の横に未緒の姿はない。あわてて周囲を見渡すと、２００ｍ後方の電柱にもたれ掛かって息を切らしながら今にもずり落ちそうな未緒を発見した。
（ったくぅ〜、なんなのよ今日は〜？）
そう思いつつも彩子は未緒の所に駆け寄り様子をうかがった。
「一体どうしたの？」
「………スミマセン。私…体が弱いもので…直射日光…苦手なんです。」
彩子の問いに、未緒は言葉途切れになりながらも応じた。
「あちゃー(^^;)。Sorry、ゴメンナサイ。全然気づかなくて…ちょと待ってて」
彩子は近くの家に入り、２，３分すると未緒の所へ戻ってきた。彩子は「Sorry」と言って未緒のメガネを外し、いつの間にか右手に持っている濡れたハンカチを未緒の額に当てる。
「どう？いくらか気分良くなった？」
「…は、はい。かなり良くなりました。ありがとうございます。」
未緒はそう答え電柱から離れたものの、まだふらつき気味である。
「これなら歩けるでしょ？ゴメンね。もう少しだからFight!」 それを見た彩子は鞄を左手に持ち替え、未緒の右横につき、未緒の右手を自分の右肩に回して歩き出した。
さすがの彩子も、人一人担いで歩くのはつらいらしく、店に入るなり溜息を付いた。それでも、帰宅ラッシュ時に二人掛けの席が空いていたのはラッキーである。が、席に着いたところで話のできる状況ではない。彩子は疲れているし、未緒は自分の体力を回復するので精一杯である。
彩子がふと周りを見ると、見慣れない制服の女の子が一人うろうろしている。
（あれは…聖エルバソ…だっけ？お嬢様学校の生徒だ…。一人らしいけれど、どうしたんだろう）
黒縁メガネをかけて、髪を軽く束ね、未緒のように肩より前に持ってくると言う独特のヘアスタイルの女の子である。なにやら、緑のスカートに白い上着に黄色入りリボンのセーラー服の３人組と話している。
（ん…あの３人組…清華女子の生徒か…）
彩子も、それ以上は気にせず、目の前にいる未緒の様子が気になり視線を元に戻した。未緒の具合も良くなったようで、微笑む余裕が出てきた。それを見て安心した彩子はメニューを取り出し。二人が見られるよう開いた。
「あたしはねぇ…なんにしょうかなぁ…。フルーツパフェ！如月さんは？」
「私は、アイスティとイチゴショート」
> 各々のオーダーが決まり、店員に注文し、後は届くのを待つだけである。しばらく二人の間に沈黙が続いたが、口火を切ったのは未緒の方であった。
「あ…あの、先ほどはありがとうございました。冷たいハンカチなんかで、介抱していただいて…。おまけに肩まで担がせてしまって。」
「え？Oh！さっきのことネ？No problem！私の方は全然平気。それよりホント にSorry！ゴメンナサイ。私の方こそ全然気づかなくて…それより予算の話なんだけれど…あ、来た来た。とりあえず食べよっか？」
思いも寄らぬお礼の言葉に彩子は、すこしあわて気味に答える。
これ以上話すと照れが出てくるのか、話題をクラブ予算に変えようとしたが、ちょうどそのとき注文の品が届いたのでいったん話を切った。しばらく無言でいる二人。
（ホント…美味しい。今度帰りに寄ってみよう）
（う〜んデリシャス！やっぱり今日はフルパにして良かった）
二人の思いが交差する中、あっという間に皿の上のものがなくなり、二人とも満足そうな表情であった。で、今度は彩子から話を持ちかけた。
「さっきの話の続きなんだけれども、美術部の予算の方を少し削るね。」
「えぇ？そんな大事なこと部長の許可無しにして良いのですか？」
「No problem！だって、あの予算要求書は私の希望ですもの」
「だからといって…。部長に怒られませんか？」
「私を一人会議に出す部長が悪いのよ。何も言わせないわ。そして、私たちがまとまらないと、他の部にまで迷惑がかかるの。美術部と私を想ってくれるのはありがたいのだけれども、これが最善の方法なの」
「……そうですね、わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」
さすがに他の部のことを持ち出されては、未緒も納得せざるを得なかった。ココまで話がまとまれば、あとは明日、生徒会執行部に報告するだけである。ふと見上げると時計の針は６時を刺していた。気が付いてみれば、辺りはもう薄暗くなっていた。彩子は何かを思いだしたのか、急に席を立った。
「あ、ゴメンナサイ、私用事を思い出したの。ココで失礼させていただくわ。執行部には私から話を通しておきます。部長の件もあるし(笑)。」
そして、伝票を取ろうとすると彩子より、未緒の手がいち早く伸び、彩子は何も握らず空を切った。不思議がる彩子に対し、
「ココは私が持ちます。いろいろありましたし…ネ(笑)」
未緒は、微笑みを浮かべながらそういった。微笑みの意味も分かったし、彩子は押し問答して角が立つのが嫌いなので一言、
「Thanks! Good-bye see you again!」と残して店を後にした。
そして…
（如月未緒さんかぁ…人に対して思いやりがあるし、ホント他人の事を第一に考えるいい人。今度から真面目に会議に出ようかなぁ…）
（片桐彩子さんかぁ…気さくな人だし、いい人と知り合いになれたなぁ。今後もこうやって、楽しいお友達としてつきあいたいな。）
それぞれの思いを胸に秘めつつ、帰宅の途についた二人であった。