「まぁ！馨ちゃん、あんた、どこで寝てたんだい？」
納屋から出る馨を見て、妙子の母は素っ頓狂な声を上げた。あの後、部屋に戻ってみると妙子は寝ってしまっていたのである。その様子は、あまりにも気持ちよさそうだったので起こすわけにもゆかず、かといって同じ部屋に寝るわけにもいかなかった。困り果てた馨は、小さい頃怒られていたときに閉じこめられた納屋のことを思い出 し、そこで夜を明かすことにしたのである。
「昨日、妙子が部屋に来て、いろいろ話していたら話疲れたらしく、妙子そのまま寝ちゃんったんで…。」
「まぁ〜、何やってんだろうね。あの子は」
「まぁまぁ。妙子もいろいろ溜まっていたようなんで…。それも少しか晴れたみたいですから、いいんじゃないですか？」
「ゴメンね。でもさ、一緒に寝ても良かったんだよ。昔はよく寝てたじゃないかい。」
「叔母さん！」
「はっはっは。照れない照れない。」
馨が部屋へ戻ると、ちょうど妙子が自分の部屋にはいるところだった。声をかけようかどうか一瞬迷ったが、その間に部屋に入ってしまったので、馨もだまって部屋に入り、着替えを始めた。ふと机の上を見ると、昨夜は気づかなかったが部屋を出たときよりも缶の数が増えているのに気づく。
（妙子のヤツ…こんなに飲んだのか？）
一方妙子の方は、部屋に入るなりベッドに突っ伏してしまった。完璧に二日酔いである。一度ベッドに突っ伏したが最後、妙子は起きられなくなっていた。
「うぅ…。頭痛い〜、気持ち悪い〜、身体だるい〜」
コンコン…
「妙子？」
「は〜ぃ？開いているから入って〜」
「じゃ、入るよ…。あ〜ぁ、やっぱりね。」
妙子の返事があったものの部屋に入るのに一瞬とまどった馨だが、思いきってドアを開けると予想通りベッドでのびている妙子の姿があった。馨はややあきれた口調で声をかける。
「妙子…」
「ん〜、馨ちゃん？何？」
「やっぱり二日酔いか…。ほら、薬と水、置いておくから飲んでおきな。」
「ありがと。」
馨はお盆を机の上に置くと、声はかけずに部屋を出た。馨が部屋を出てからしばらくした後、妙子はむくりと起きあがり、机の上にあった薬を飲むとまたベッドに横になった。
コンコン…
「妙子？馨ちゃんから聞いたんだけど、あんた風邪気味なんだって？熱は？」
「う、ううん。熱はないよ。大丈夫、ちょっと頭が痛いだけ。」
二日酔いの姿なんて見られた日には何言われるか解らない。妙子はとっさに部屋に入られないような応対をした。
「そうかい？ならいいけど…。馨ちゃんがお店番してくれるって言うから、母さん達はこれから純のところに行って来るからね。できたら馨ちゃんを手伝ってあげてね。でも、無理しちゃダメだよ。」
「は〜ぃ」
母が出かけるのを確認した後着替え、馨の朝食を作るために台所へ向かった。ところが、台所にはすでに馨がいて料理を作っていた。
「よ！妙子。お早う」
「おはよ。どうしたの一体？ご飯ならアタシが作るから…イタタタ。」
「やっぱり二日酔いだな。あんなに飲むからだよ。ま、そこに座ってな。」
「よし、出来た。ハイ…。みそ汁は妙子のに及ばないけどね…」
妙子は黙ってイスに座って馨の姿を見つめてた。しばらくすると、妙子の前にお茶漬けと大根と油揚げのみそ汁が差し出される。
「これ、馨ちゃんが作ったの？」
「こんな二日酔い向けの食事、叔母さんに頼めるかい？」
妙子は、馨の問いかけに対し黙って首を横に振った。
「じゃ、食べよ」
「うん。いただきます。……美味しい。」
二人とも無言で食べている、ひとときの静寂の間…
しかしそれも長くは続かなかった。
trrrrrrr。trrrrrrr。
「はい。安達です。」
「妙子かい？今すぐ病院に来ておくれ。」
「お母さん？どうしたの？純に何かあったの？」
「いいから早く。急いで！」
そこで電話は切れてしまった。妙子はショックのあまり放心状態になり受話器を落としてしまう。
（イヤ…。そんなのイヤ…。絶対にイヤ…。そんなの信じない、信じたくない。）
「妙子？どうしたの？病院から？」
「うん…。急いで来いって。」
「なに？じゃぁ病院へ行かなきゃ。ほら。」
馨の表情が険しくなり、妙子の手を取った。だが、妙子は床に座り込んだまま動こうとしない。
「イヤ…。純が死ぬところなんて見たくない。」
「何縁起でもないこと言ってんだよ妙子！まだ死ぬって決まった訳じゃないだろ！」
そうは言うが、今まさに迫ろうとしている人の死、特にそれが「家族」の場合、17歳の女の子が受け止めるにはあまりに重すぎる出来事である。
「いいから行くぞ！」
「イヤ！イヤ！行きたくない、行きたくない。」
「あ゛ぁ〜、もう！」
妙子は、激しく首を横に振って抵抗してる。まさか叩くわけにもいかず、馨は妙子を抱えて走り出した。玄関で妙子をおろし靴を履かせ、嫌がる妙子を無理矢理引っ張ってタクシーに乗り込み病院へと向かった。
病院についても意固地に抵抗していた妙子であるが、馨は文字通り『引きずって』集中治療室まで連れてきた。馨が受付のナースに申し出ると室内着を着て入るよう言われたので、自分と妙子にも着せて上げて中に入る。
中にはいると、ベッドの周りには医師達が何人かいて、妙子の両親はそこから少し離れたところにいた。駆けつけた二人を見つけた妙子の親は、ベッドのそばに行くよう合図する。馨と妙子は言われるとおり向かったが、途中、妙子が顔を上げ医師達を見ると馨の腕にしがみつき泣き出してしまった。
二人がベッドに近づくと、スペースを空ける医者達。
「妙子…ほら。」
「ダメ…見れない…」
妙子は相変わらず、馨の腕にしがみついて純の方を見ようとしない。そんな妙子を見ていた馨だが、ふと純の方を見ると「あっ！」という表情になった。
「妙子…。ほぉら。」
「イヤ…見れない、見たくない。」
『ねーちゃん、まさかオレが死んでるって思ってんじゃねーだろーな。』
「だって…。え？」
妙子が声の方へ振り向くと、意識が戻りＶサインを出している純の姿があった。無事な純の姿を見た瞬間、妙子は駆け寄り、純の手を握りながら大声で泣き出してしまった。
「純！純！」
馨も肩の力が抜け、妙子の両親の元へゆき言葉をかけた。
「意識が戻ったなら、戻ったって言って下さいよ。」
「あ、ゴメン。いや、純の意識が戻って嬉しかったモンだから、あたしも舞い上がっちゃってつい…。」
「もぅ…。もうオレら『純くんが危ない』って生きた心地がしなかったんですからね。」
「ゴメンナサイ。」
皆が純の回復を確認した頃合いを見計うと、医者が今後の指示を出したので、それを聞き終わると、４人は集中治療室を後にした。
「そう言えば、お店！空じゃないのかい？」
「あ。そうだ。」
「いやだねぇ…あたし達一足先に戻っているから、あんた達ゆっくり帰っておいで。」
そう言うや否や、妙子の両親は病院を後にする。残された馨は妙子の肩に手をかけ、優しく言葉をかけた。
「妙子…良かったね。」
「うん、良かったぁ…ホントによかったぁ…。アタシ…アタシ…信じてよかった。」
妙子は馨に抱きつくと、しばらくの間馨の胸の中で泣いていた。
「ねぇ、妙子。純くんの回復祝いにどこかへ行こうか？」
「じゃぁねぇ…リビナが良いなぁ…。あそこだと入院に必要な買い物もできるし、喫茶店もあるし！」
「よし！じゃ行こう」
二人はリビナへと向かい、純の入院に必要な物を買って帰宅した。
純の回復も思ったより早く、アルバイトの都合で純の退院前に東京へ帰らざるを得なかった馨だが、夏休みも終わる頃、退院して家の前で妙子と純が元気良くピースサインしてる写真が馨のところに送られたのを見て、ほっとする馨であった。