trrrrrr…。trrrrrr…
「毎度ありがとう御座います。安達酒店です。」
「あ、馨です。純くんが車に跳ねられて、今○○病院にいるんですけど来れますか？」
「ええっ？純が？知らせてくれてありがとう。今そっちに行くから」
ガチャン
電話の向こうでは、言い終わると同時に電話を切ってしまった。受話器を戻し、馨は手術室の前で待っている妙子のところへ戻った。妙子と言えば、まだ泣きじゃくっている。馨は黙ってハンカチを渡して妙子の横に座り、手術中のランプを見つめていた。
もう二時間は待ったであろうか。それまで馨の横で泣きじゃくっていた妙子だが、気がつくと馨の肩にもたれかかって眠っていた。おそらく泣き疲れたのであろう。
馨は妙子を起こさないよう、静かに妙子の肩を抱き、いつ消えるかわからない手術中のランプを見つづけていた。
それからまもなくすると、手術中のランプが消えのたので、馨は寝ている妙子に声をかける。
「妙子、妙子。手術が終わったよ。」
「ん…ん？はっ！」
「純！純！ねぇ…ねぇ！しっかりしてよぉ…」
馨の呼びかけで目が覚めると、治療を終えた純が集中治療室へ移動するところであった。運び出されるベッドに向かい、まだ麻酔で寝ている純に向かって必死で呼びかけている。
「ご家族の方ですか？」
「ええ。…のようなものです。」
「ご説明をしたいのですが…」
馨も後を追おうとしたが、その前に医者に呼び止められた。集中治療室に妙子が入るのは許されたようなので、自分が説明を聞くことにした。医者からの説明によると、一命は取り留めたらしい。でも、外傷だけなら大したこと無いが、跳ねられたときに頭を打ったらしく、当分は集中治療室からは出られないとのことであった。
馨がいつ出られるかと聞くと、
「意識が戻らない内は…」
そう静に答える医者であった。
診察室を出た馨は、妙子の居る集中治療室へ向かい、部屋の前にあるロッカーから帽子、マスク、室内着を着て中に入った。妙子は純の手を握って何度も泣きながら呼びかけている。
「純…ゴメンね。ゴメンね…、ゴメンね…。アタシが追いかけなければこんな目に会わずにすんだのに…ごめんなさい。」
「妙子。自分を責めるのは、もうよそう。」
「でも…でも。」
廊下の外で聞き慣れた声が聞こえたときには、その人物はもう中に入ってきた。
妙子の両親である。妙子が両親の姿を確認すると、母親の方に向かって泣きついてしまった。
「お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで純がぁ〜」
「妙子、一体どうしたんだい？泣いてちゃ分からないよ。妙子。」
だが、情緒不安定な妙子は泣くことしかできない。
「妙子。純くんに着いていて上げなさい。事情はオレから話しておくから。おじさん、おばさん、話は外でしますので…」
妙子は馨の言葉に素直に従い、先ほどと同じように純の手を握って見守っていた。
馨が少しの間見守ると、事情を話すため一旦集中治療室から出た。馨は警官から聞いたこと、医者から聞いたことをすべて話した。
「そうかい。馨ちゃん、ありがとう。助かっただけでも感謝しなくちゃね。」
「そうですね。」
「どれ、純の様子でも見てくるかい。」
三人とも、手に持っていた室内着等を着ると再び中に入った。頭部を手術したので頭をなでることは出来ない。従って、手を握るくらいしかできない。
しばらくしていると、看護婦がやってきて『今のところ容態が安定していますし何かありましたら連絡するので、今日のところはお引き取り下さい。』と言われてしまったので、皆は家に帰るしかなかった。
だが、妙子だけは、がんとして純のそばを離れようしないでいる。
「まだ少しくらいなら居ても良いらしいので、馨ちゃん、俺らは外で待っているから、もうちょっと妙子と一緒にいてやってくれないか？」
「わかりました。」
妙子の父の申し出を馨は素直に聞いた。なんどか説得しても依然として首を横に振っていた妙子であるが、次第に馨の言うことに従い、やっとの事で家へ向かうことが出来た。
その日の夕食は何とも寂しい雰囲気であった。両親と馨の間で会話らしき物があるが、純の座っている席が空いているのと、終始無言でいる妙子の事を見ているといつしか無言の食事風景になってしまう。
「ごちそうさま…」
食事の大半を残したまま妙子は席を立つ。
「妙子、もういいの？」
「ごめんなさい。食欲がないの…。部屋に行ってる…」
そう力無くつぶやくと、肩を落としながら居間を後にする妙子。
「馨ちゃん、ごめんね。せっかく来てくれたって言うのにこんな事になっちゃって。」
「いいえ、オレは良いんですけれど、妙子がかなり参っているのが気がかりで…。自分が追いかけていた相手が、目の前で跳ねられたんだから、かなりなショックだと思うんですよ。」
「全く、どうしてこんな事になったのやら。」
馨も食事を終えて一休みすると、居間においていた荷物を純の部屋へと持っていった。馨が泊まるときには、純の部屋で純と一緒に寝る。部屋の電気をつけ、荷物を置くと、机の上に分解しかけたエアガンを見つけた。
（あれか…電話で言っていたエアガンは）
ふと時計を見ると、日付が変わろうとしていた。馨はパジャマに着替えて、洗面所に向かった。途中妙子の部屋の前を通りかかったときに、部屋の中から鳴き声が聞こえてくるのに気づいた。
ノックをして声をかけようと思ったが、時間が時間である。幾ら幼なじみとはいえ、年頃の男女であることも考慮し、居間にいる妙子の母に伝え、後を任せて寝ることにした。