(さて、そろそろでかけるか…。妙子に会うのも久しぶりだなぁ…)
夏休みの最初の土曜日。少年は壁時計に目をやり時刻を確認すると手荷物を持ち部屋を出た。東京駅までバスで行き、東京駅から青森行きの寝台特急に乗る。
それは、夏休み前のある日のこと。少年がバイトから帰り、留守番電話を聞くと聞き慣れた声が聞こえた。
「…こんばんわ。妙子です。最近連絡がないね…バイトで忙しいのかな?……」
確かに、最後に会ったのはゴールデンウィークであったし、ここ1,2ヶ月ほどアルバイトの件数を増やし、帰宅するとすぐ床につくと言って生活であったので、音信不通ではあった。アルバイトを増やした理由はただ一つである。夏休みに青森に住んでいたときの幼なじみであった、安達妙子と言う女の子の会いに行くためで
ある。
電話の内容は、最初は少年を気遣っていたが、次第に会えない(連絡がない)寂しさを訴えていた。だが、やっと自由な時間がとれたので夏休みに青森へ行く旨を連絡できた。残念なことに、妙子の方も留守番電話であったが。
その妙子に会いにゆく日が、本日、夏休み最初の土曜日なのである。
一方妙子のほうと言えば、会えない寂しさから少年に電話をしたのは良いが、留守番電話だったことに気を落としていた。しかも、その後も連絡が不通だったことが拍車をかけていた。
幾ら気丈に振る舞っても、いつも一緒にいる家族や、親友には分かってしまう。少年に電話をした数日後のことも、朝の食事の支度の時に弟の純に突っ込まれてしまった。
「ねーちゃん、ここんとこ元気がないよな。」
「え?えぇ?そんなこと無いよ。そんなこと…。ほら元気いっぱい。」
妙子はポーズを作ってみせるが、空元気であるのがバレバレである。
「嘘ばっかりぃ…。だって、朝食支度がだるそうだもの。やっぱり東京にいるにーちゃん相手じゃないと、つくる張り合いがないのかねぇ?ねーちゃんの料理は?」
「純!な、なに言ってんのよ…。もう…。ほら、早く食べないと遅刻しちゃうぞ。」
「へいへい。」
そんなある日のことである。たまたま町内会の慰安旅行に妙子も行くことになり、土日にかけて家を空けていた。旅行から帰ってきて妙子が部屋に戻ると、留守番電話にメッセージが入ってる旨を知らせるランプが点灯している。どうせ、クラスの友達からの電話だろうと、スイッチを入れると妙子は驚いた。
そう、妙子が待ち望んでいた少年からの連絡なのであった。
「あ…妙子?オレだけど。連絡遅れてゴメン。バイト三昧で全然連絡が取れなくて…。で、夏休みの第一土曜日…つまり7月25日なんだけど、そちらに行こうかと思って居るんだ。もし都合が悪ければ、電話ください。それじゃ…」
(都合が悪いだなんて…。あなたが来るなら、他の用事なんて…)
妙子は少年に電話しようと思ったが、バイトで疲れているだろうと思い、あえて少年への電話は思いとどめた。
そのかわり、妙子はしばらくの間留守番電話のメッセージをリピートし続けていた。
当然、翌日の妙子は機嫌上々である。朝食支度をしているときには、自分では知らず知らずの内に鼻歌を歌いながら調理していた。
「ねーちゃん?」
「なぁに?純」
「きょうはトーストじゃなかったけ?」
「何言ってんのよ。日本の朝食の基本はご飯とお味噌汁、焼き海苔、卵焼きって決まってるじゃないの?」
「えー。オレ、楽しみにしていたのにぃ」
「えー…じゃないの。ほら、さっさと食べる」
純は、妙子の様子がいつもと違い上機嫌なのに気がついていたが、あえて突っ込まないでいた。以前、朝食の時に妙子をからかった時、妙子に朝食抜きの罰を喰らったからである。
「なぁ、ねーちゃん」
「なぁに?」
「東京のにーちゃんが来るのか?」
ヒュン…スッコーン。
純の問いかけを聞いた瞬間妙子の笑みは消え、振り向きもせず、いきなりお玉を純の方に投げつける。妙子の投げたお玉は、物の見事に純の額にヒットした。
「痛ってぇ…。何すんだよ、ねーちゃ…ん。」
純が叫ぶが早いか、すでに胸ぐらを掴まれていた。しかも弁当の準備をしていたらしく、妙子の左手にはたくあん付きの包丁が握られていた。さすがの純も、包丁を目の前に出されれば言葉も詰まる。
「純!あんた、人の留守電聞いたの!?」
「る、留守電って、なんだよ。んなの聞くわけ無いじゃないか」
「だったら、どうしてそのことを知っているのよ!」
「ねーちゃんの態度見れば、バレバレだよ。にーちゃんから音信不通であれば、落ち込んでいるし、かと思えば、いきなり機嫌が良くなって、朝飯の予定を変えて味噌汁作り始めるし…。だれがどう見たって、にーちゃんからの電話があったってわかるよ!」
そこまで言われると、自分の行動を思い出してみた。確かに純の言うとおりである。
ふと純を見ると、こちらを睨んでいる。妙子はバツが悪くなり、純から手を離し背を向けてしまった。その際に、包丁の切っ先が純の鼻先2,3cm前をかすめたが。
「あ…あらやだ。ハハハ…」
「うわっ!ったく…。ま、そこがねーちゃんの単純で良いところなんだけどさ…」
「ん…?純!」
妙子が叫んだときには、純の姿はもう無かった。
(全く…小生意気なんだから…)
結局その日は、クラスメートや親にもいろいろ言われ(純が話してしまったから)困りながらも嬉しかったことは間違いない。
部屋に戻ると鏡の前に立ち、色々ポーズを作って鏡の中の自分を見ていた。
(やっぱり、ちょっと太っちゃったかな…。ダイエットとか化粧って好きじゃないんだけど、このままじゃ恥ずかしくて海になんて行けないわ。よし!明日からは…)
次の日から、歩けるところはバス等を使わず極力歩く。学校帰りの寄り道の時も一人の時には買い食いを控える。友人と一緒の時は、なるべくカロリーの低い物を選ぶ…などのダイエットを始めた。
(ダイエットに一番良いのは運動だよね………。よし!)
「おかぁさあん、得意先回り無いかなぁ。あれば私が行ってくるよ。」
ダイエットしていることを悟られないよう、かつ、効率よく運動できる方法として店の手伝いの得意先回りや、倉庫の整理を積極的に選んだ。これだとはた目にはダイエットをしていることは悟られにくい…
…ハズであったが、2,3日後あっさり弟の純にばれてしまった。それは…
「純…どうしたの?黙ってテーブルの上のご飯を見つめたりして。」
「………。」
だが、純はまだ黙っている。
「変な子。早く食べないと遅刻しちゃうぞ。」
「やはりそうか…」
「えっ?なにが?」
妙子が純に質問すると、純はこれ以上ないと言うくらいの『イヤし笑い』の顔で答えた。
「ねーちゃん。ダイエットしているだろ?フッフッフ。父ちゃんと母ちゃんの目はごまかせても俺の目は誤魔化されないよ。」
「何言ってんのよ。」
動揺すれば純の思うつぼなので、冷静にでる。
「考えても見ればおかしいと思ったんだぁ…。いきなり晩御飯もねーちゃんが作ると言い出したり、今まではオレがやってた得意先回りも始めちゃってさ。ねーちゃんが作った献立を見ると、油ものが少ないんだよな。」
「それがダイエットしているって?アンタの推理も甘いわね。」
だが、純は引き下がらない。
「まぁだ続きはあるんだな。それまでだよ?晩御飯が終わった後、テレビ見る時にお茶と煎餅やポテチとが欠かせなかったねーちゃんが、一切間食無しだもんなぁ。しかも、その境目が東京のにーちゃんから電話が来た次の日だよ。」
「………」
妙子は黙って純の様子をうかがっている。下手に反応すると墓穴を掘りかねないからだ。
「まぁ、どうあがいたって、ねーちゃんが東京の女に敵うわけが無いんだから無駄な努力はしないことだね。」
「なんですってぇ?純、アンタ黙って聞いていれば好き勝手言っちゃって。アタシだってねぇ、その気になれば…」
「ねーちゃんには無理無理。だいたい三日坊主のくせに…」
「うるさいわねぇ…、今回の成果をみてらっしゃい。……!」
はっと思って口をつぐんだが時既に遅し。
「ふっふ〜ん。語るに落ちたな、ねーちゃん。やっぱりか。」
「う…うるさいわねぇ…さっさと食べちゃってよ。片づかないんだから。」
「へいへい…」
結局、冷静になっても純の誘導に簡単に引っかかってしまうのである。
『いってきまーす』
二人で学校に向かう途中、純が話しかけてきた。
「ねーちゃん。」
「なによ。」
「今朝のことは武士の情けで父ちゃんと母ちゃんには黙っててあげるぞ。」
「なによ、その恩着せがましい言い方。どうせなんか交換条件があるんでしょ?」
「さ・あ・ね。へっへ〜ん、ま、せいぜい頑張りな!」
「もう…待ちなさいよ!」
いつも通りの軽い姉弟ゲンカで妙子の朝が朝が始まる。