「起立。礼。」
ふぅ…やっと午前中の授業が終わった。さて…と、それじゃお昼にしようかな…。あ、その前に 購買で飲み物を買って来なきゃ。お昼時の購買ってすごく混むのですよね。私、この人混みって苦手なんです。やっとの事で自動販売機のところに辿りついたけど、やはりほとんどが売り切れ。
「あーあ。売り切れかぁ…。あ、まだ紅茶があった。」
売り切れてないのを探したんですけど、ほとんどがコーラとか炭酸飲料とかの３５０ｍｌ缶ばかりで、私には量が多すぎます。でも、その中で２５０ｍｌ缶の紅茶を見つけたのでそれにして、教室へ向かいました。
「未ー緒ー。」
どこからか私を呼ぶ声が…。ん？この声は…沙希？振り向いてみると、私の親友、虹野沙希ちゃんでした。沙希とは一年の時一緒のクラスだったんです。ところが、二年の時のクラス替えの際、私はＢ組に、沙希はＥ組に…と別のクラスになってしまったのです。
「沙希、どうしたの？」
「たまには一緒にお昼食べない？」
「いいわね。どこにする？」
沙希に聞くと、沙希は笑います。
「んふふふ…。やっぱりあそこしかないんじゃない？」
「じゃぁ、お弁当取ってくるから先に行ってて。」
あそこというのは、私たちが一年の時よくお昼を食べていたところで、校舎の脇にある芝生の広場です。そこには木も植えてあって、その下だと丁度日除け傘代わりになるので、起伏の一番少ないところを見つけ、そこでお昼を食べていました。
そういえば、久しぶりだなぁ…あそこも。
そんなことを考え、沙希との待ち合わせの場所へゆくと、すでにお弁当を広げて待っていました。
「待った？」
「ううん。でも久しぶりだねぇ、こうやって一緒に食べるの。」
「そうね。」
『おぉ？如月さーん、虹野さーん、こっち向いてー。』
私たちを呼ぶ声がしましたので、声がする方に視線を向けてみると、Ａ組の早乙女君がカメラを持って手を振っています。話を聞くと、運動部のアイドルと、図書室のマドンナがツーショットという珍しい組み合わせだから是非写真に…とのことでした。
沙希の「運動部のアイドル」は有名ですけれど、私の図書室のマドンナという表現は、ちょっと恥ずかしいです。私、沙希みたく可愛くないし…。
『サンキュー』
私たちの写真を撮り終えると、早乙女君は教室の中に戻りました。私たちも、お昼にすることにしました。
「あっ、アタシ飲み物買うの忘れちゃった。」
「まぁ、沙希ったら…。あら？なんのご用でしょう？」
「虹野先輩…お忙しいところ済みません…。」
ふと気づけば、私たちの横に一人の女子生徒が立っています。どうやらサッカー部の後輩のようですね。私が居ては話しづらい事もあるだろうし、席を外すついでに沙希の飲み物を買いに行こうとしたのですが、どうやら部室か何かに用事があるようで、沙希の方が先に席を外しました。
「未ー緒ー。ちょっと行って来るから。待っててねー。」
「はーい。じゃぁ、何か飲み物を買ってくるから…」
う〜ん…沙希のお弁当はご飯だから、やっぱりウーロン茶かな？
飲み物を買い終えた私が戻ろうとすると、通りかかった男の子達がすれ違う沙希に見とれていました。
「あれ、運動部のアイドル虹野沙希だな。」
「ああ。ん？おい、アレはひょっとすると。」
「…だな。ラッキー。誰もいないようだし…。」
「でも、それってまずくないか？」
「おまえ、喰ってみたくないのか？」
なにやら男の子達の雰囲気がヘンなんです。沙希はサッカー部のマネージャーで、土曜の昼など購買が休みの時には部員のお昼を作っているんですが、サッカー部や、その友人の間で「沙希の作る弁当は美味い」と評判になっているのです。
けれども、サッカー部以外の人たちは沙希のお弁当を食べることが出来ません。沙希のお弁当が評判になった頃から、何度か沙希のお弁当が盗まれたことがあったと聞きました。
まさか…
私の予感は的中しました。その男の子達は沙希のお弁当に手を出したのです。か弱い私でも、このままだまって見てられません。
「待ってください！そのお弁当をどうするの？」
「やべ！見つかった、逃げるぞ。」
「うわっ！」
「きゃ」
男の子が逃げようとすると、そばを通りかかった女の子とぶつかって尻餅を付きました。この隙に 私は前へ回り込んで、逃げ道をふさぎました。幸いにも後ろに逃げても行き止まりです。
「返して！沙希のお弁当を返してください！」
「へへ、じょーだん言うなよ。」
「返して！」
「おっと。」
「返して下さい！」
私はお弁当を取り返そうとしましたが、かわされてしまいます。なんとか取り返したいのですが、体力のない私です。すぐに息が上がって身体の動きが鈍くなってしまいます。
「パス！」
「ＯＫ！」
「あっ！」
お弁当は私の頭上を越え、もう一人の男の子の手に渡ってしまいました。私がそれに気を取られた瞬間、目の前にいた男の子は私の横をすり抜けて走り出しました。当然私も後を追いますが追いつけません。
「待って。お願いだから、お願いだから、返して下さい！」
はぁ…はぁ…、もうダメ…。
でも、私の思いとは異なり前へ進むことが出来ません。足が重くなり、胸は苦しくなり貧血を起こして倒れそうです。とうとう私は立っていられなくなり、膝を突き、壁にもたれかかってしまいました。沙希…頼りない私でゴメンナサイ…。
「あっ！それ、アタシのお弁当！返して！返して！」
「うわっ！逃げろ。」
どうやら、先ほどの男の子達は沙希にも見つかったようです。当然沙希からも逃げます。
「待ってー！待ってー！だれかぁ〜！」
「あっ！（どてっ）」
運動部と言っても沙希はマネージャーで、沙希自身もあまり運動は得意ではありません。大声で助けを求めましたが、躓いて転んでしまいました。
『不動明王唐竹割り〜！』
「うわ！」
「くっ…、転んじゃった…。あ、早乙女君…。」
「虹野さん、危なかったね。ハイ。しっかし人の弁当を盗むなんざぁ、とんでもないヤツだな。」
意識がなくなりそうになるのをこらえて前方を見ると、竹刀を持った早乙女君と、その横でのびている先ほどの男の子達の姿がありました。沙希が起きあがったときには、すでに早乙女君がお弁当を取り返してた様です。
「あ、ありがとう。」
「いやね。先ほどのツーショットをアップで取りたいなぁ…と。んで、来てみたら…だったのさ。また、運良く竹刀なんて落ちていたんでね。で、ところで如月さんは？」
「未緒なら…あ゛ぁ〜っ！！！！」
私を見つけた沙希と早乙女君が走ってやってきますが、私は倒れないで居るのが精一杯で何もできません。
「未緒！未緒！どうしたの？しっかりして！」
「お弁当…とりかえそうと…したんだけど。はぁ…はぁ…、ゴメンナサイ。」
「分かった。分かったから。謝らなくて良いから…。」
「こらぁ〜！あぁ〜！？逃げられたぁ〜。くやしぃ〜！！。」
「さ、沙希。あまり大声出さないで…頭に響いて辛いの。」
「あ、ゴメン。」
沙希は、男の子達の方へ向かって叫びましたが、逃げてしまった様です。そうなんです。貧血の時に大きな音というのは頭に響いてしまい、とても辛いのです。そして、沙希の声はかなり高いのでなおさら響きます。
「とりあえず、木陰に運んだ方が良いかな？」
「早乙女君、お願いできる？私、ハンカチ濡らしてくるから…。」
「まっかせなさい！」
早乙女君に木陰まで運んでもらい、沙希が持ってきてくれたハンカチを額にのせ、休むことにしまた。冷たいハンカチがとてもいい気持ちです。
「未ー緒ー。お昼食べられるぅ？」
「ん？具合が良くならない内は無理。食べてていいわよ。」
「つまんないなぁ…。」
沙希はつまらなさそうに、お弁当の蓋を開けました。ホントにゴメンね…久しぶりの一緒のお昼なのに、つきあえなくて。
「おぉ！おいしそう。」
「早乙女君、ありがと。」
「にゃはは。タコさんウィンナーと、卵焼きいっただきぃ！じゃぁねぇ〜。おぉ！卵焼き美味しいよぉ〜。」
「あ〜！出して戻して返してー！…ま、いいか。助けてもらったんだしね。それじゃ、いただきま〜す。」
ハンカチが温くなった頃、まだふらつくけど起きあがれるまでに回復した私は、胸ポケットのところにあった眼鏡をかけ、起きあがりました。
「大丈夫？」
「うん。少しふらつくけどね。」
そんな私を心配しながら、お弁当を食べていた沙希ですが、ふとその手を止めて表情を曇らせました。何か悩みがあるんでしょうか？聞こうか聞くまいか迷いましたが、思い切って聞いてみることにしました。
「沙希？」
「あのね…、どうしても食欲無い？」
「どうして？」
「やっぱり、未緒に卵焼きを食べて欲しいの。アタシが作った卵焼きを食べて欲しいの。具合が悪くて食べられないなら無理にとは言えないんだけど…。」
沙希がなぜそこまで私と卵焼きにこだわっているのか。それは一年の時に起こった出来事が原因であるのは明白です。詳しくは別の機会にお話ししますが、この一年の時に起きた出来事以降、私と沙希は親友の仲になったのです。沙希の心情を察した私は、卵焼きを食べないわけにはいかなくなりました。
「わかった。一切れだけいただくね。」
「うん！ありがとう。ハイ。」
私は沙希からフォークをもらい、卵焼きを口に入れました。やはり、沙希の作る卵焼きは美味しいです。一年の時から見ると格段に腕を上げています。このレベルの卵焼きを作れる高校生はそうは居ないはずです。食べ終わった頃合いを見計らって、沙希が話しかけてきます。
「味はどう？変な味はしない？甘い？しょっぱい？」
「ううん、美味しいよ。１００点満点。大丈夫、変な味も無し！」
「よかったぁ。未緒にそう言ってもらえるのがアタシ一番嬉しい。ありがと。」
沙希が私に手を握って答えてくれます。本当に嬉しそうです。ふと沙希の腕時計を見るとお昼休みも終わろうかという時間でした。
「もうお昼時間終わりね…。」
「あ…ほんとだ。また、一緒にお昼食べようね。」
「うん。悪いけど、保健室まで一緒に行ってくれない？」
「いいよ。ちょっと待ってね。……ハイ、お待たせ。」
私は、沙希に支えられ足取りがふらつきながらも、なんとか保健室へ着くことが出来ました。私が保健室で休んでいることを学級委員に伝えてもらうよう沙希に頼み、沙希はＢ組へと向かい、私はベッドで休むことにしました。
目が覚めると放課後。保健の先生は保健室にいませんでした。いつものように、メモを机の上に置き保健室を出ると、沙希が鞄を二つ持って立っていました。
「沙希。」
「たまには一緒に帰らない？ハイ…鞄。」
「うん。ありがとう。」
二年になると、お互い一年の時よりもクラブ活動で忙しく久しく一緒に帰っていませんでしたが、久々の沙希との下校は、一年の頃を思い出して、たくさん寄り道をしたので非常に楽しかった帰り道でした。