今日も煙草屋の前で「占い屋兼何でも屋」を営んでいる、えみると明日香。最近では占い以外の依頼でも、週２〜３件と極わずかではあるがコンスタントに依頼が来ると言った状況である。
　二人はテーブルの上にある迷い犬調査書とにらめっこしていた。その調査書には、「秋月町方面」「山手町方面」「桜町方面」とかかれている。えみる達の活動している煙草屋は、この三カ所の丁度中間地点になる。

「う〜ん、遠いところばかり…この分だと今度の日曜日にも調査しないと間に合わないりゅん…」

　えみるの言葉に反応する明日香。

「今度の日曜日って、１５日の？」
「そうだよ。それが何か？」
「１５日は…ちょっと…」
「デートなんて許さないりゅん」
「デートじゃないんだけどさ…」
「ないんだけどさ…？」
「ないんだけどさ…」

　えみるはジト目で明日香を問いつめる。いつもの明日香と違い、妙に言葉の歯切れが悪い。それがよけいに追及の手を深めることになる。

「そういえば、明日香ちゃんって１５日はつきあい悪いよね。じぃ〜」
「あはは…」
「やっぱり彼氏とデートなのぉ…じぃ〜」
「あぅー」

　ある時期から、明日香は毎月１５日は萬屋に来ないか、活動してもえみるとは別行動をとっている。１５日が休みの場合は、マイナやあーちゃん達との遊びの誘いをかけても「午後から」となり、丸一日つきあうことがない。
　それも問いつめられている明日香の置かれいる状況は、まさに蛇に睨まれている蛙である。終いにはえみるのジト目に耐えられなくなり、明日香は後ずさりし始めた。
　その際に、手に何か感触があったので見てみるとテーブルの上に置かれている調査書だった。

「秋月町…これなら調査できるよ。…うん。これ、も〜らいっ！」

　これ以上いるとヤバイと判断したのか、明日香は手近な調査書を手に取り、言うやいなや調査書を奪うようにしてカバンの中に入れ、立ち上がった。

「あっ！それ、えみりゅんが苦労して探し出して、後一歩まで行っている場所！楽なところばかり選んで、サボりだぁ〜！サボりだぁ〜！サボりだぁ〜！」
「あははーっ！それじゃっ！」

　そんなえみるの叫びはお構いなしに「三十六計逃げるが勝ち」とばかりに煙草屋から駆け出す明日香。

「明日香ちゃんのサボり魔！卑怯者ぉ！バカ！バカ！バカ――――――――ッ！」

　夕暮れの空にこだまするえみるの罵声。

「はぁ…山手町は広すぎて疲れたりゅん。しかも山手町でも桜町方面とは正反対方向まで来ちゃったりゅん…うぇ〜桜町方面行きたくないよぉ〜」

（一息入れようにも、黄昏刻に行きたいって感じじゃないし…そうだ！チェリーポットに行こう！）

　えみるは桜町方面の列車には乗らず、チェリーポットのある秋月方面行きのバスに乗った。
　何気なく外の景色を見ていると、バス停に明日香の姿を見つけた。しかもいつものラフな格好と違い、シックな色合いのワンピースを着ている。

（む！明日香ちゃん、よそ行きの服だ…。やっぱり彼氏とデートなんだ…。ようし！現場を押さえて問いつめてやる！）

　あれほど「デートではない」と言っておきながらデートに行くような服装をしている明日香に納得できないえみるは、明日香の後をつける事にした。
　明日香がまず立ち寄ったところは花屋である。

（普通、花をもらうのは女性の方だよね？まぁ、積極的な明日香ちゃんのことだから、きっと彼へのプレゼントなんだりゅん）

　そんなえみるの思惑とは裏腹に、明日香は花屋を出ると、だんだん人気の少ないところへと向かってゆく。周りには何もなく、デートの待ち合わせ場所にしては不似合いの場所である。えみるが明日香の行き先について考えていると、不意に明日香はある建物の敷地の中に入った。

　明日香を見失うまいと、駆け寄った先はお寺であった。

「お寺？明日香ちゃん、なんでお寺に来るんだろう？」

　尾行気づかれないように引き続き明日香の後を追うえみる。が、ふとした拍子に明日香を見失う。
　しばらく墓地の中を歩きまわっていると、墓前の前で手を合わせている女の子の姿…明日香を見つけた。

（誰のお墓だろう？）

　明日香の前にある墓石には「小此木家先祖代々之墓」と彫られていた。

（小此木…小此木…。親戚ではないし、どこかで聞いたような名字…。あっ！）

　しばらく考え込んでいたが、小此木と明日香の接点を思い出したえみる。えみるの脳裏には小此木雅之と言う名前が浮かんでいた。
　小此木雅之…その人物とは、明日香のバイト先に現れた男の子。明日香と色々触れあっているうちに明日香のことを好きになり、明日香もまた雅之のことを好きになった。しかし、彼は病気でこの世を去ったのである。

（そっか…１５日は雅之君の命日なんだ。そう言えばあれから一年経つんだよね…と言うことは、今日は雅之君の一周忌？なるほど…だから秋月町の調査なら出来　たのか…。それじゃ邪魔しちゃ悪いよね…）

　ジャリッ！

　すべての事情を納得したえみるは、静かにその場を立ち去ろうとしたが、うかつにも砂利を踏みしめて足音を立ててしまった。
　しまった！と思いつつ明日香の方を振り向くと、明日香は自分の方を振り向いている。

「あ、アハハハ…こんにちは。えみりゅんもここに偶然……なわけないか」

　観念したえみるは、明日香の元へと歩き出す。

「ごめんなさい。山手方面の迷い犬の調査を終えてこっちにきたら、明日香ちゃんを見かけたんでつい…」
「……………」

　二人の間によどんでいる沈黙。場所が場所だけに一層重くのしかかる重圧。

「まっ、黙っていたアタシも悪かった。」

　えみるは墓前に立つと両手を合わせた。

「ありがと…」

　えみるが目を開けると、真新しい花とお供え物が供えられているのに気づいた。

「ひょっとして…これ、明日香ちゃんが…？」

　こくり
　えみるの問いに頷く明日香。

「そっか…毎月１５日はここに来ていたんだね…。」
「ゴメン…色々つきあえなくて。隠していたわけじゃないけど、なんだか話すのが照れくさくてね…」

　えみるは黙って首を横に振った。えみるの答えに安心する明日香。二人はしばらくの間だまっていた。

「ねぇ、えみる…」
「ん？なに？」

　不意に声をかけられたので明日香の方を視線を向けると、明日香はどこか遠くに視線を向けている。

「今日ね…雅之君の一周忌だから、きゃろっとの店員としてじゃなく…彼のことを友達以上に想っていた一人の女の子…星野明日香としてお線香を上げに行ったんだ…。そしたらね…きゃろっとの店員としてきたと思われたのか『雅之へのお心遣いは、生前に十分すぎるほど頂きましたので…』って言われちゃった。そう言われるのは尤もだし、決して「もう来るな」的意味合いじゃないのも分かってるんだけどね……なんだか悲しかった。だってさ…」

　明日香の言葉が止まる。えみるは次に出てくる言葉を待つ為にあえて何も言わないでいた。
　だが、次に聞こえてきた声は涙声である。

「だってさ、そんなこと言われたってさ、きゃろっとの店員云々だからじゃなく、アタシ自身が雅之君のことを好きになっちゃったんだもん…忘れられないよ…。まだ雅之君のことから離れられないよ…」
「明日香ちゃん…」

　明日香は泣きながらも笑顔を取り繕うとするが、かえってそれが悲しみを助長するのか、涙は止まるどころか一層あふれてきている。

「可笑しいでしょ？高校３年生の女の子が、就学前の男の子に心を奪われたなんて。おまけに、一年経って雅之君の死を受け入れながらも、雅之君への想いがまだ吹っ切れられないなんてさ…。これがショタコンならまだしも、同年代の男の子に興味がないとか、そんなんじゃないんだよ」
「でも、だからこそ純粋に雅之君のことを好きになれたんじゃない？」
「えみるぅ…アタシ…雅之君のこと忘れる事なんて出来ない…。出来ないよぉ…。どうしたら良いの？」

　悲しみをこらえきれなくなった明日香は、とうとうえみるに抱きついて泣き出してしまった。
　えみるはそんな明日香を優しく受け止め、ぎゅっと抱きしめながら話しかける。

「忘れる必要なんて無いと思うよ。本当に好きになったから忘れられなんいだよ。えみりゅんだってそうだよ。小学校の時に好きになったダーリンのことは今でも好きだよ。忘れられないよ。この想いは消せやしない。
　だから、何年、何十年経っても、明日香ちゃんは雅之君のことが好きなんだよ。その想いを消せるわけがないんだよ。」

　一息ついた後、再び言葉を繋ぐ。

「明日香ちゃん…。自分の気持ちをねじ曲げようとするのって、辛いだけだよ…。明日香ちゃんが雅之君のことを好きなのはどうしようもないことだから、あとはその気持ちをどう整理つけるかなんだよ。いつまでも雅之君のことだけを想い続けるのも、この想いを心の中のアルバムに大切にしまうのも明日香ちゃん次第。
　どっちが良いとか悪いとかは、誰にも言えない。どっちを良しとするかは明日香ちゃんが決めること。えみりゅんが出来るのはその手助けだけ。」
「ありがとう…。心の整理を頑張ってみる…」

　静寂な墓地に響く明日香の嗚咽。
　えみるはそれ以上はなにも言わず、だまって明日香を抱きしめていた。

「星野さん…」

　二人に声をかけてきた人物がいる。

　えみると明日香が声の方へ視線を向けると一人の女性が立っていた。雅之の母である。

「そう…やっぱりこのお供え物は星野さんだったんですね…。」
「すみません、出過ぎたことをしてしまって。」
「いいえ…。星野さんは雅之のことを本当に好きでいてくれていたのですね。今日の言葉は星野さんの気持ちを知らなかったこととはいえ、失礼なことを申し上げましたね。
　雅之も罪深い子ねぇ…こんな可愛いお嬢さんに想われていながら、そのお嬢さんを泣かせるなんて…。お母さんはそんな女泣かせな罪深き男の子に育てた覚えはないぞっ」

　雅之の母は、そう言いながら墓前に立つとツン…と人差し指で軽く墓石を突いた。
　そして、持参したお供え物を出しながら明日香に話しかける。

「星野さん…」
「なんでしょう？」
「雅之ねぇ…以外に甘えん坊の寂しがり屋な面があってね…。もし良ければ、今まで通り時々逢ってもらえる？明日香ちゃんの心の整理が出来たときには、雅之の寂しがりやも直っていると思うから、それまでは…。」
「ハイ！有り難うございます。それでは失礼します。」

　明日香とえみるを見送ったあと、再びお墓の前に向き合って話しかける雅之の母。

（あんなに想われるなんて、ホントにあなたは最後に良い出会いをしたね…雅之）