明日香の向かった先は「小丸坂のとなりの公園」であった。先ほどのカップルのカメラを見て、以前にその公園で行われたカメラコンテストにえみると一緒に参加した時のことを思い出したのである。

一方、明日香が公園に向かう頃のえみるといえば…

「はぁ…、あの時計をきっかけにして仲直りをしようと思ったのに…。もう仲直りは出来ないのかな…」

　明日香の予想通り、件の公園のブランコに座り、以前この公園で写した写真を見ながら一人考え込んでいた。

（明日香ちゃん、今日はもう帰っちゃったよね…。電話しても出てくれなさそうな雰囲気だったから、明日ちゃんと会って謝ろう。きっと許してくれないだろうけど、これしかえみりゅんに出来ないから。）

　そう思い、ブラコンから降りたときにえみるは軽いめまいを感じた。

「あっ…」

　考えても見れば、ここ数日絶食状態なのだから空腹からくるめまい起こしても無理はない。えみるは手近の遊具施設に掴まり力が抜けそうになるのをこらえた。

「明日になれば…パパやママが…帰ってくるから、それまで…の…辛抱…だからがんばん…なきゃ…。けど…けど…」

　しかし、気合いを入れれば入れようとするだけ意識が遠くなってくる。

「………っく、も、もう…だ…メ……」

　ドサッ！

　とうとう耐えきれずに、えみるは倒れてしまった。
　一方、明日香と言えば、ようやく公園にたどり着いたところだった。

（はぁ…はぁ…、公園に着いたけど、一体どこにいるのよ…）

　明日香は公園中を走り回るが、えみるを見つけられない。

「ったく…えみる！えみる！どこにいるの！？もう怒っていないから答えて！」

　明日香は大声でえみるの名を呼ぶが、なにも返答は返ってこない。明日香の思い違いなのであろうか？しかし、今までのつきあいから判断すると、えみるの行動範囲はそう広くないはずなので、他の場所に居るとは考えにくかった。
　これまで走り通しだったので、一息入れるためにベンチのある遊具コーナーへと向かうことにした。
「さて…とベンチは…。！。あれ…まさか…」

　辺りを見回してベンチを探していると、うつぶせに倒れている人物が目に入った。その人物の容姿は、萌黄女子の制服を着ていて、見覚えのある両お下げの髪型の女の子…すなわち、明日香の探しているえみるであった。
　明日香はあわてて駆け寄り、上体を起こして声を掛ける。

「ちょっと！えみる！？一体どうしたのよ？こんなところで倒れたりして。」

　だが、明日香が呼びかけても一向に反応する気配を見せないえみる。

「えみる！えみる！えみる！えみる！えみる！」

　呼びかけだけではなく、今度は肩を揺さぶってみる明日香。しかし、えみるの目は開くことはなく、ただ揺さぶられるままであった。そして力無く項垂れる首と腕。

「やだ…えみる、悪い冗談だよ…死んだ振りなんてさぁ…。ほぉら、えみる！」

　さらに強く揺さぶりながら呼びかけてみるが、えみるからの反応はない。

「これ以上悪い冗談を続けるとさぁ…あたしも怒るよ。叩くよ。いい？」

　パーン！パーン！

　往復ビンタの音が夕暮れの公園に響く。
　だがえみるの状態は相変わらずであった。
　刹那、明日香の瞳から真珠のようなピアスが一つ…又一つと落ちて行く。

「えみる…。アンタ…ホントに…？やだ…そんなの絶対やだ！アタシそんなの信じない、信じないんだからぁ。ほらぁ…いつか制服を交換したとき見たく、笑って冗談だりゅん…って、言ってよぉ！お願いだから…お願いだからぁ…」

　明日香はえみるに抱きつき泣きじゃくる。明日香の頬を伝い、えみるの頬に涙が途切れなく流れて行く。

「ゴメンね…アタシがつまらないことで怒ったりしてあんな酷いこと言ったから、えみるを傷つけちゃったよね？ゴメンね…ゴメンね…。アタシのせいで…アタシのせいで…」
「う…ん…明日…香…ちゃん？」
「え゛？」

　ふと耳元に聞き覚えのある声に対して、あわててえみるを見ると、うっすらと目を開け朦朧状態ではあるが、えみるは意識を回復してた。えみるが生きてる安堵感から、感情が一気に溢れ出す明日香。

「えみるのバカ！バカ！バカ！バカ！バカ！アタシ、アンタが死んじゃったと思ったじゃない。アタシ…アタシ…。わぁぁぁ…」

　あふれる想いを制御できず、明日香はえみるに抱きつきながら泣きじゃくるだけだった。

「明日香ちゃん…ゴメンね…」

　明日香の気持ちが落ち着いた頃、明日香はえみるを肩に背負って手近のベンチまで連れていった。しかし、完全に落ち着いていないのか明日香はまだぐずっている。
　えみるは頃合いを見計り、明日香に話しかけた。

「明日香ちゃん…ごめんね…明日香ちゃんのことを差し置いてロムレットでバイトしちゃって。」
「ううん…さっきね、おじさんからアンタのバイトのいきさつについて全部聞いたよ。アタシの方こそゴメンね。変なことでえみるに八つ当たりして。でもさ、アタシ、あんなに酷いこと言ったのに…あんなに冷たい態度取ったのに、何で食費を使ってまでして買おうと思ったわけ？」
「ううん…明日香ちゃん、全然酷くなんか無かったよ…冷たくなんかなかったよ…」
「だって！アタシ…ロムレットの制服を着られたえみるが羨ましかった。悔しかった、ねたんじゃった。だから…えみるを困らせようとして色々意地悪した。」

　そこまで言うと明日香はうつむいてしまった。
　えみるは少し間をおいてから口を開く。

「そう？えみりゅんにはそう思えなかったな。あんなの意地悪じゃないよ。意地悪って言うのは相手を困らせてこそ意地悪だモン。えみりゅん、全然困らなかったよ。それどころか、明日香ちゃんに言われたことは非常に勉強になったんだ。」
「なんでそう思えるわけ？」
「だって、えみりゅんのバイトの日には必ず来てくれて、全くウェイトレス経験のないえみりゅんの事を気遣ってくれたじゃない。意地悪だったら、あんなことしないよ。」
「ちがう…そんなに立派なモノじゃない。そんなんじゃない！」

　明日香は首を左右に振ってえみるの言葉を否定する。
　時として、優しさというのは強ければ強いほど相手にとっては負担となることがある。今の明日香がまさにそれである。えみるが、明日香の行動を良い方へ良い方へと取れば取るほどと、明日香は自分のことがやるせなくなってきている。

「明日香ちゃんは自分で気づいてないかもしれないけど、あれだって、明日香ちゃんの優しさなんだよ。だから、優しくしてくれた明日香ちゃんに良いプレゼントを贈りたかったんだ…。あっそうだ…大切なこと忘れてた。」

　えみるはなにかを思い出したらしく、一呼吸置くと、微笑みながら語りかけた。

「明日香ちゃん、お誕生日おめでとう。」

　えみるの優しい言葉に明日香は何も言えないでいた。言葉が出ない代わりに涙があふれてくる。明日香はこらえきれなくなってえみるに抱きついた。

「あ…明日香ちゃん？」
「えみる…ありがとう。ごめんね…ごめんね…ごめんね…」

　えみるは抱きついてきた明日香の背中を軽く叩きながら話しかけた。

「えみりゅんの方こそ、ごめんね…。もうこれで、おあいこにしよ…。ね？」

　それに対し、無言でうなずく明日香。

「これ、大切に使わせてもらうね。」

　しばらくの間えみるに抱きつき泣いていたた明日香だが、気持ちが落ち着くと顔を上げ、右腕に付けていた時計を外し裏面をえみるに向ける。そこには初販品の証であるシリアルナンバーが刻まれていた。

「あ、それ…えみりゅんがプレゼントした時計。」
「こんなすてきな誕生日プレゼント…大事に使わなきゃバチが当たるよ…。だって、これはかけがえのない時計だもの…」
「明日香ちゃんの誕生日と同じ番号だもんね。」

　だが、えみるの言葉にかぶりを振る明日香。それに対し、疑問の視線を投げかけるえみる。 「"えみるの想い"が詰まっている時計だよ…。そのかけがえのなさに比べられる物なんて無いよ…」
「明日香ちゃん…。」

　二人の間に沈黙が続く…。自分の言葉に照れてしまったのか、少し赤い顔をして言葉を詰まらせながら話しかける。

「じゃ、じゃぁそろそろ帰ろうか？家まで連れていって上げる…」
「うん…お願いね…」

　グ〜

　どこからなにやら変な音が聞こえてきた。

「なに？今の音」
「あ…あははは、えみりゅんのお腹の虫みたい…」
「わかった。何か買ってきて上げる。何が良い？」
「ん〜とねぇ、明石焼きが良いなぁ…」
「ＯＫ！ちょっと座ってまっててね。」

　しばらくすると、明石焼きが入った袋を２つ抱えて明日香が戻ってきた。どうやら明日香も小腹が空いているらしい。

「はい、明石焼き買ってきたよぉ」
「ありがとりゅん」

　えみるは明日香から明石焼きを受け取り食べようとしたのだが、腕に力が入らないため、たこ焼きをうまく出汁に付けられない。
　最初は一人で明石焼きを食べていた明日香だが、えみるの様子に気づくと明石焼きを食べる手を止めた。

「どしたの？」
「い、いや、手に力が入らなくて、うまく刺せないりゅん…」
「分かった。ちょっと貸して」

　明日香は、にっこりと笑うとえみるの膝の上にある明石焼きを持った。

「じゃぁ……アタシが食べさせて上げる。はい、あ〜んして。」
「は、恥ずかしいよぉ…」
「いいから！ネ！」
「………あ〜ん」

　数秒迷っていたが、えみるは観念して口をあける。明日香はだし汁に浸した明石焼きをそっと入れた。

「どう？美味しい？」
「うん、明日香ちゃんが食べさせてくれてるから。」
「ば、バカ。そんなこと言ったらこっちが照れるじゃない。」
「うふふ。わぁ…夕陽が綺麗だねぇ…」
「そうだね。あ、ところでさご両親が帰ってくるのは明日でしょ？今晩どうするの？」
「…………それが悩みなんだりゅん…」

　えみるはため息を付きながら答える。

「じゃぁ、一緒にきゃろっとに食べに行こうよ。今までのお詫びにアタシが奢るからさ…。」
「えぇ？そんな…お詫びだなんて…悪いのはえみりゅんの方なんだし…」
「アタシに奢らせて…。じゃないと、アタシのせいでアンタに辛い思いさせちゃったんだから申し訳立たないよ…。………ネ？」
「…………うん、わかった。」

　寄り添いながらきゃろっとへと向かう二人。夕日に照らされてできた二人の影陰は長く長くのびていた。そう、二人の友情を映しているかのように。

【第38話終わり】