いつもと変わらぬのどかな横浜市中区を突如襲った狙撃テロ。明日香は狙撃のターゲットになったと思われるえみるを庇う。明日香の機転でえみるは無事だったが、かわりに明日香が凶弾に倒れてしまった。

　明日香が撃たれた怒りからか、えみるは狙撃犯の方角に向かって走り始める。
　えみるの行動を止めようとする煙草屋の主人だが、いつ弾丸が自分の方に向かって飛んでくるか解らないので、迂闊に車から離れられない状況であった。

「許さない！絶対に許さない！よくも明日香ちゃんを…よくも…うわっ…きゃぁ！」

　えみるが、狙撃犯が居ると思われるビルに向かって無我夢中で走っていると、突然左肩に激痛を感じ同時に足がもつれてしまい転んでしまう。何事かと思って左肩を見ると血が出ていた。
　それにもくじけずに起きあがろうとすると、テロ対策部隊が使用するオートマチックのライフルが落ちているのをみつけた。

「これは…テロ鎮圧用のスナイパーライフルＰＳＧ−１。ようし…これで明日香ちゃんの敵を…」
　えみるはそのライフルを拾い上げたまでは良いが、肩の痛みと銃の重さで構えることが出来ない。
　そこで、何か支えになる物はないか…と、辺りを見回すとポストがあったのでそこに載せ、ビルの屋上の影にスコープのクロスラインを合わせ、ライフルの引き金を数回引く。ライフルから弾丸が発射されると、スコープの中で影が五回踊った後、その影は沈んだ。

「明日香ちゃん…敵は討ったからね…。あ、制服の袖が真っ赤。結構出血してるみたいだから、肩の太い血管に当たったのかな？なんか意識が朦朧として来ちゃった。これで…明日香ちゃんの元へいけるかな…。明日香ちゃん…天国でも一緒に萬屋やってくれる…よね。」

　えみるは大音響で迫る救急車のサイレンを聞きながら倒れる。そして無線機から流れる狙撃犯射殺終了の連絡。

　……………

「はっ！ここは…」

　えみるが目覚めると、そこは病院だった。

「そっか…えみりゅんは助かったんだ…。でも、でも、明日香ちゃんは……。えっ？あぁっ…あぁ…！」

　えみるは自分の横に寝ている人物を見ると驚いた。横に寝ている人物は他ならない、明日香である。しかも、電子測定計を見ると、脈拍も血圧も、そして心電図も全て正常であった。
　えみるが明日香の側に寄ろうとしたとき、病室に入る人物と目が合う。

「あ、えみるちゃん気が付いた？まったく…危ない真似は止めてよ。幸い撃たれたのが肩だったから良かったものの…下手をすれば命を落としていたんだよ。」
「ごめんなさい…。でもおじさん、明日香ちゃんは…明日香ちゃんは…死んだんじゃないの？だって、確かにえみりゅんの腕の中で…」
「あれは、出血によって血圧が下がったためそのショックで気を失ったんだね。明日香ちゃんが気を失ったときに、脈をみてみるとちゃんとあったので、死んではいないと思ったんだ。
　手術が終わった後、先生はびっくりしていたよ。「まさに奇跡としか言い様がない…」って。明日香ちゃんは確かにお腹を撃たれたんだけど、奇跡的に太い血管や主要な臓器には当たっていなかったんだって。さすがに胃は面積が大きいから無傷というわけにはゆかないけどね。」

　事情を聞いた瞬間、えみるはその場に座り込んだ。

「なんでも良い…明日香ちゃんが生きていてくれさえいればそれで十分。」

「えみる…ありがと。」
「明日香ちゃん！」

　どうやら明日香の麻酔が覚めたらしい。明日香の声を聞くとえみるは明日香の枕元に駆け寄って頬を撫でた。

「よかったぁ…明日香ちゃんが生きていてくれて良かったぁ…。あれ…？ゴメン…明日香ちゃんの顔が見えないや…。うぇ…うわぁ〜ん、明日香ちゃんのバカぁ…えみりゅん…えみりゅん、明日香ちゃんが死んだと思って、悲しかったんだからぁ…。」

　明日香の無事に号泣するえみる。
　明日香は泣きついてくるえみるの頭をそっと撫でながら声をかける。

「ゴメン…」

　しばらく二人の間に無言の状態が続いたが、えみるが明日香に問いかけた。

「ねぇ、明日香ちゃん。一つ聞いて良い？」
「なに？」
「えみりゅんが初めての親友って言ってたけど、ホント？」
「ホントだよ。前にも話した…かな？、アタシはいつも仲間と一緒か、自分一人かだったんだ。で、男女問わず特定のつきあいって無かった。それでも楽しいと思っていたから。
　でも、ある時、特定の人と一緒にいることの楽しさを知ったんだ…。」
「それが、前に聞いた明日香ちゃんの話していた中学時代に好きになった男の子の事だね？」

　こくり。明日香はうなずく。

「思い出すのが辛いから繰り返さないけど、あの映画の一件以来、また元のつきあい方に戻ったんだ。ううん…正確に言うと、また同じ様なことになるのを恐れて逃げたんだ。
　でもね、仲間とワイワイやっても、心の底ではどこか寂しかったんだね。そして、自分一人で情報チェック→仲間でワイワイという生活にマンネリを感じはじめていたんだ。
　そんなときだよ。えみるに会ったのは。えみるに会ってから色々なことがあった。良いこともあれば悪いことも…確かにイヤなこともあったけど、今までにない変化があったのは楽しかった。
　そして、二人で萬屋をやる前には私は下請けみたいなことをしていたよね？それを繰り返している内に、あの「特定の人と一緒にいることの楽しさ」が甦ってきたんだ。そしてこの人となら色々なことを体験してみたいとも思うようになったんだ。それが本格的になったのは…」
「明日香ちゃん家のジョリィ捜索依頼の時だね？」

　こくり。明日香はうなずく。

「だから…私の生き方に希望を与えてくれた人と、ここで死に別れてしまうと思ったとき、天国で「心が一人ぼっちの状態」で居るのを考えたら、もの凄く悲しくていやだった。だから…またこうして…えみるに…会えたことが…」

　こらえきれなくなったのか、明日香は言葉を詰まらせてしまった。

「明日香ちゃん…ありがとう。えみりゅんもね、実は明日香ちゃんに会うまではいっつも独りぼっちだったんだ。もちろん友達がいない訳じゃないよ。ただ、えみりゅんって、ヘンでしょ？
　えみりゅんがヘンに思われるのはもう慣れっこだけど、それでお友達が巻き込まれるのはイヤなんだ。小学校の時はそれでいじめられていたし。」
「それって、確か、青森から転校してきた例の運命の男の子との話だっけ？」

　こくり。えみるはうなずく。

「だから、えみりゅんも必要以上のつきあいってなかったんだ。特にえみりゅんの好きなオカルト関係やえみりゅん占いでは。けどね、独りぼっちに慣れているからといって、それが楽しい訳じゃないんだよ。だから占いに通ってくれる明日香ちゃんって、すっごく嬉しかった。
　そして一緒に萬屋をやらないか？って誘われたときは、信じられなかった。だって、素のえみりゅんに屈託なく接してくれたのって明日香ちゃんの他にはダーリンだけだったんだもん。
　だから…明日香ちゃんは私の大事な人なんだ。ダーリンとはいつか出会える…そう思っているから、あの時お別れできた。けど、明日香ちゃんとは…明日香ちゃんとは…もう会えなくなると思ったとき…えみりゅん…」

　えみるも言葉を途中で詰まらせ、うつむいてしまった。二人の間に暫く沈黙が続く。だが、その沈黙を破ったのはえみるであった。

「明日香ちゃん、本当に生きているよね？」
「うん…」
「間違いないよね？」
「間違いない。」
「えみりゅんね、まだ信じられないんだ。確かめて良い？」
「いいよ、どうやって？」

　えみるは明日香の胸に耳を付けて、明日香の鼓動を確認すると、明日香の頬にそっと右手を添え、自分の唇を明日香の唇の上に重ねた。実際の時間はわずかではあるが、二人には何分にも感じられた。

「えみる…私達、女の子同士だよ。」
「明日香ちゃんの唇…暖かぁい…。あのね、小学生の時…かな？おじいちゃんが死んだ時に、おじいちゃんの胸に耳を当て、お別れのキスをほっぺにしたんだけど、何も聞こえなくて、ほっぺたは冷たかった…。子供心ながらもすごく悲しかった…。
　でも、明日香ちゃんは、ちゃんと心臓の音も聞こえるし、頬も唇にも血が通っていて暖かいんだ。えみりゅんね、明日香ちゃんが生きているのを目でみるだけじゃなく、肌で感じたかったんだ。今なら信じられる！明日香ちゃんは生きている！えみりゅん…えみりゅん、嬉しい…う゛れ゛し゛い゛よ゛ぉ゛！」

　再び明日香に抱きつき、嗚咽を漏らすえみる。
　えみるは、明日香に抱きついた状態で話しかけた。

「ねぇ、明日香ちゃん…。えみりゅんの事、本当に親友って思ってくれる？」
「私の方こそ…、親友って思ってくれる？」

　明日香の答えを聞いたえみるは、起きあがると黙って明日香を見つめた。明日香もまた、えみる見つめていた。そして同時に頷く二人。

『うぅ…うわぁ〜ん、ありがとう…。これからも仲良くやっていこうね？ね？』

　自分が相手にとって必要である存在と思ってもらえた嬉しさから、再び抱き合いながら、しばらくの間泣きあっていた二人。

　そんな二人を気遣い、病室の外にいた煙草屋の主人の元へ白衣を着た女性が話しかけてきた。

「お久しぶりね…。すばらしい二人じゃない…」
「ひょっとして…弥生？」
「えぇ、明日香ちゃんの主治医でもあるけどね。」

　そう言うと「第一外科　織倉弥生」と書かれたネームプレートを見せる。

「まさか弥生がここの病院にいるとはね…。」
「私の方こそ、貴方が明日香ちゃんの知り合いとは思わなかったわ。」
「えっ？弥生、明日香ちゃんを知っているの？」
「前に見ていた患者の絡みで、ちょっと…ね。それじゃ回診があるから…」
「うん…」

　少し言葉を交わした後、回診に向かう弥生。
　怪我の程度からえみるの退院の方が早かったが、明日香の容態も順調に回復し、無事退院することが出来た。

　そして退院後の萬屋での二人のやりとり…

「だから、違うりゅ〜ん！」
「何言ってんの？これで良いんだよ、えみるの方こそ違うんだよ。」
「ちがうもん、えみりゅんが正しいモン！明日香ちゃんの分からず屋！」
「なにさ、えみるのとんちんかん！」

『う゛〜………、フン！』

　数秒にらみ合った後、お互いそっぽを向いてしまう。でも、そっぽを向きつつも、なぜか横目で見つめ合っているふたりであった。

【第34話終わり】