テレビ塔に向かう途中、狸小路の交差点で信号待ちをしているときにふと目に止まった縦型信号機。この縦型信号機について三人が話し込んでいると、ほのかの知り合いと思われる一台の車が三人の前に止まった。

　そこでほのかは、えみる達を名産物の売っている中山峠に連れていくことを思い付き、運転手にその旨の依頼するとＯＫをもらえた。

　皆が乗り込むと、車は西方面に向かって走しりだし、西１０丁目と西１１丁目の境にある国道２３０号線を南方面に走り、札幌の都心から峠の頂上までは約一時間から二時間ほど行くことの出来る中山峠に向かう。

　そして中山峠に到着するや否や、売場に向かうほのか。

「いやぁ…混んでいて二本しか残っていなかったわ。」
「じゃぁ、私は良いからほのかちゃん達三人で食べて。」

　売場から戻ってきたほのかの手には、割り箸に丸い揚げ物が三個刺さっている食べ物があった。

「なに？これ。」
「あげいも…って言って、ジャガイモを塩茹でしたあと、ホットケーキの生地のような衣に付け、揚げた食べ物だよ。このねぇ「あげいも」と言うのは中山峠の名物で、この辺りの他の観光の街でも見られるけど、元祖はここなんだよ。で、元祖だけあって、やはり他のあげいもとは味が違うんだよねぇ…」
「では、いっただきま〜す。きゃぁ〜ん、美味しいりゅ〜ん。」
「ホント美味しい…このジャガイモに付いている塩味と、衣の味がすごく合っている。こんなのガイドブックには載っていなかったよ…」
「やっぱ中山峠に来たらこれよねぇ…。まぁ、確かに都心の情報しか載っていないガイドブックにここは無いかもね。」
「でも…大きいのだと、これ一個でお腹一杯だりゅん…」
「じゃぁ、残りの一本は夜食にもっていって。これ冷めても美味しいから…」
「ホント？じゃぁ…お言葉に甘えていただきます。」
「フフフ…もう少し留寿都（ルスツ）方面に足を延ばすと、京極の吹き出し公園と言うところで美味しい水が飲めるけど、どうする？」

　当たり前であるが、明日香は札幌都心周辺しか下調べをしていなかったので、あおい達の示してくれる場所は全然知る由もない。それゆえ、断る理由もない。

　中山峠から京極へ向かう途中、あおいがえみる達に話しかける。

「ところで二人はこっちに来て何か食べた？」
「えっと、さっきラーメン屋に連れていってもらったのが最初です。」
「ふ〜ん…じゃぁ、海の幸なんて食べてないわよね？」
「えぇ…、ちょっと予算が足りない物で。」

　明日香が浮かない表情で応える。一応食事代等として一万円ずつ渡されたのであるが、明日香が調べたガイドブックにあった店は、皆数千円クラスの店だった。予算の半分を取られては、お土産等が満足に買えなくなるので二人とも諦めることにしたのである。

「確かにねぇ…ちょっと良い物を食べようとすると値段がかかるか…」

　そんなやりとりを聞いていたほのかが声を上げた。

「あっ！じゃぁ、あおいさん、トリトンへ行こうよ。そこだと安いし美味しいし。」
「なるほどねぇ…。でも、ほのかちゃん…。それはあなたの希望でもあるんじゃないの？」
「あ…アハハ。やっぱりばれた？」

　中山峠から２０分ほど留寿都方面に向かい、途中の分かれ道で右に曲がり羊蹄山を左手に見ながら数分ほど走ると、京極の吹き出し公園に到着する。

「うわぁ〜…キンキンに冷たいけれど、横浜と水の質が全然違う。美味しい…。」
「なんでも、名水１００選に選ばれたとか…。ま、冬だから周りの食べ物屋さんとか営業していないけれど、水を取る場所は年中無休だからねぇ…。」
「さて、それじゃ暗くなってきましたし、夕食に向かいますか？」

　四人は車に乗り込み、先ほど通った道をそのまま戻り札幌都心に向った。

「さぁ、ここよ。うわぁ〜、やっぱり御飯時だから混んでいるねぇ…」
『えぇ〜！回転寿司ぃ？』

　京極から車で二時間…再び札幌の都心に戻り、そこから少しほど車を走らせて向かった先は回転寿司であった。

「あー、札幌の回転寿司を見くびっているなぁ？」
「だって、北海道まで来て回転寿司なんて…、ちょぴっと空しいりゅん…」
「まぁ、まぁ、とりあえず入りましょうよ。」

　あおいの言葉の元、店の中にはいる。駐車場の混雑を反映しているのか、店内は満員である。それでも１０分ほど待つとボックス席が開いたので、そこに座る事が出来た。

「さて、何にしましょうか…。ほのかちゃんはやっぱり…」
「もちろん、とろサーモンね！」
「ほんとに好きねぇ…。それじゃ私は生イワシにしようかな…」

　ほのか達が次々皿を取る中、一向に皿を取ろうとしない二人に対してほのかが言葉をかける。

「ね、ね、ね、これ美味しいんだってばぁ…。一個だけもで良いから試しに食べてみてよぉ〜」
「あ〜ぁ…、北海道で食べるお寿司が回転寿司なんて悲しいりゅ…」

　文句を言いながらも、ほのかが取ってくれたとろサーモンを口に入れたえみるであるが、口に入れた瞬間言葉を失った。そして無言のまま残りの一つも食べる。

「きゃぁ〜ん、お…美味しいりゅ〜ん。」
「でしょでしょ？やっぱりほのかの言葉に間違いはなかったんだから…」

　えみるの言葉に得意げになるほのかであるが、明日香は一向に不振顔である。そう…「何でこんな物が美味しいの？」と言う感じだ。

「次は何にしようかなぁ…迷うりゅ〜ん。」
「えみるちゃん、これこれ！この生イワシも美味しいよ。イワシやサンマって、すぐに活きが下がるから、ホントに鮮度が勝負なんだよ。」
「きゃぁ〜ん、これも美味しいりゅ〜ん。ねねね、明日香ちゃん、これ美味しいよ。そんな不機嫌な顔をしないでさぁ…とりあえず食べてみようよぉ…」

　明日香はえみるから渡された皿をまじまじと見つめ、再び顔を上げると、皆自分に注目してた。「仕方ない…一個だけ食べるか…」と覚悟したのか、おもむろに、湯飲みにティーバッグとお湯を入れた。
　どうやら、明日香はお茶で流し込もうと考えているらしい。左手には湯飲み、右手には寿司…と準備が整い、寿司を醤油につけて口に入れた後、間髪を置かずにお茶で流し込もうとしたが、湯飲みを口に付ける寸前で左手の動きが止まった。

「あん…それ狙っていたのにぃ…」

　そして、そのまま残りの一つを光の早さで食べ終え、回転寿司の鉄則「早い物勝ち」に従い、ほのかの狙っていたとろサーモンの皿を先に取り、あっという間に皿を空ける。

「くっ…」
「明日香ちゃんどうしたの？わさび効いていたの？」
「な…泣けるほど美味しい。」
「やったー！やっとこれで楽しく食べられるね…さぁ行ってみよう！」

　回転寿司へのわだかまりも消え、えみる達の前に次々重ねられる皿。

「でもさぁ…何でこんなに安くて美味しいのかなぁ？だって、この生イワシだっこの味で一番安い１２０円皿でしょ？中トロだって３００円しない２２０円皿だし。それにネタが大きいわ。ご飯の１．５倍くらいの長さじゃ無い？これ。」

　明日香の独り言に、あおいが応える。

「それはね…さっきも言ったけど、北海道って新鮮な海の幸の味に触れる機会が多いじゃない？だから、安かろう悪かろうなネタだとお客が入らないのね。」
「ふ〜ん…なるほどねぇ…。あっ！そういえばさっきから「お好みのご注文はありませんか？」って声聞こえるから、オーダーＯＫなんだよね？済みませ〜ん！寒ブリ一つお願いしま〜す！」

『はい！寒ブリ一つお願いします！』

　そして重ねられた皿の高さが湯飲み茶碗の高さを超える頃、それぞれの定量を迎えた。

「ふぅ〜食べたぁ…今日は幾らかな？」
「ほのかちゃん、結構食べたねぇ…。」
「だって美味しいんだもぉン。ねね、どうだった？」
「もちろん、美味しかったりゅん！ね、明日香ちゃん。」
「うん、本当に美味しかったよ。ただ…この味を知っちゃうと、もう中途半端なお寿司じゃ、美味しく感じられなくなるかも…」
「まぁ、本当の味を知ってこそ物の善し悪しが分かるからねぇ。それじゃ、各自の皿を計算して下さぁい。」

　あおいの号令の後、全員が目の前にある皿と値段表を比べる。

「うそ…これだけ食べて一人当たり三千円しないの？じゃぁさぁ、えみりゅん…」

　明日香はえみるに耳打ちする。

「うん、そうだね。すみませぇん…これとは別におみやげ用にくださぁい！」
「じゃぁ、そのお金も一緒に頂戴。私が纏めて払うから。あ、ほのかちゃん、鍵上げるから先に車に乗っててよ。」

　ほのか達は先に車に乗って、あおいが戻ってくるのを待っていた。それから間もなく、えみるの注文したお持ち帰りの寿司を持ってやってきた。そして、えみる達の宿泊しているホテルへと向かう。

「さぁ、着いたわよ。お疲れさまでした。」
「今日はありがとう御座いました。あ、あの…これ少ないですけれど、ガソリン代です。受け取って下さい。」

　明日香は封筒をあおいに差し出す。

「ううん…いいわよ。ほのかちゃんに頼まれたんだから、ほのかちゃんに請求するから。」
「あっ、あおいさん…ひどぉ〜い」
「フフフ…冗談よ…。ほのかちゃんの知り合いと言うことでサービス…ね。」

　あおいは明日香に向かって、ウィンクで答える。

「有り難うございます。」
「ほのかちゃん、あおいさん、ありがとりゅん。」
「ううん…。食べ物が美味しい旅って、やっぱり満足度が違うでしょ？折角遠くから来てもらったんだから、楽しい思いをしてもらいたいと思っただけ。それに秋葉原では助けてもらったしね。機会があったらまた遭いましょ…バイバイ」
「うん、バイバイ」

　えみる達は、ほのかの乗った車が見えなくなるまで見送っていた。

「さーて、これをおじさんに持ってゆかなきゃね。」
「うん！」

　コンコン

「はぁい…どなた？」
「おじさん、えみりゅんだよぉ。お土産あるからちょぴっと開けて欲しいなぁ…」

　風邪の具合も結構良くなったらしく、えみる達が出かけるときにはパジャマ姿であったのが、洋服に着替えていた。

「おっ…お姫様達のお帰りだね。どう？楽しかった？」
「もっちろんだよ！ね、えみりゅん。で、これ、私達からのお土産。」

　明日香からつつみを受け取ると、包み紙を取りその中身を見て驚く。

「これ、お寿司じゃない？こんなにいっぱいだと、高かったでしょ？」

　その言葉を聞いてにやける二人。

「んふふ〜ん、それだけ買っても二千円しなかったのだぁ！」
「えぇっ！一つ失礼して…。………ホントにこの味で二千円しないの？」
「まぁ、回転寿司というオチがあるんだけどね…。」
「へぇ…回転寿司なんて安かろう悪かろう…ってイメージあったけど、さすが北海道…ってところかな？」
「あと、これも。あげいもって言うの。冷めても美味しいらしいよ。それじゃ、えみりゅんたちは部屋に戻るから…」
「うん。ありがと。」

　えみる達は部屋にはいると上着をロッカーに掛け、二人で東京に持って帰るお土産を整理していた。

「えみりゅん、これから巡回するから、明日香ちゃん先にお風呂に入って良いよ。」
「ん…わかった。それじゃお先…と思ったけど、一緒に大浴場に行かない？」
「じゃぁ、ちょぴっと待っててね。」

　そして、大浴場から部屋に戻り、大浴場からの帰りに買ったジュースを飲みながら今日のことを話していた二人であるが、ふと時計を見ると日付が変わろうとしていた。

「明日香ちゃん、そろそろ寝よっか？」
「そだね。……じゃ、電気消すよ。」

　明日香は、えみるが布団に入ったのを確認してから手元にある灯りのスイッチに手をかける。

「明日香ちゃん…」
「なに？」
「北海道旅行…楽しかったね。」
「うん…素敵な旅行だったね。また来たいね。」
「また来ようね。お休みなさい。」
「お休み。」

　カチッ。明日香は灯りのスイッチをオフにする。
　こうして萬屋コンビの北海道旅行は幕を閉じた。

【第32話終わり】