えみる達とのオフ会も終わり、あとは着物の発表会へ準備…であったのだが、モデルの急病の知らせを受ける美由紀。美由紀一人でとてもこなせる内容ではないので、困っていたが…

「あっ、そうだ！えみりゅん、明日香さん、あなた達確か「何でも屋」もやっていましたよね？」
「そ…そうだりゅん…」
「お願いです。お二人に今日の着物の発表会のモデルになっていただきたいのです。依頼料もモデル代も父に掛け合って出して貰います。お願いします！」

『えぇ〜〜！？』

　なんと、美由紀はえみると明日香にモデルの依頼したのである。これには二人とも驚いた。モデルなんて経験がないので無理もない話である。しかし、依頼とあっては断るわけにも行かない。

「美由紀ちゃん、ご承知の通り私たち二人は全くの素人です。最前は尽くしますが、過度の期待はしないで下さい。それさえよければ、依頼を受けます…」

　えみると明日香が数十秒考えた後、明日香が答える。

「分かりました、それで構いません。あなた達のミスの責任は一切私がとります。一良さん、良いでしょ？」
「えっ…でも…」
「もう、これしかないの。それじゃ、打ち合わせも兼ねますので早速控え室へ…」

　だが、あーちゃんとマイナさんが会話の外にいる。あーちゃんが美由紀に話しかける。

「あ、あのね、美由紀ちゃん…」
「ハイ？」
「その発表会って、一般の人も見られるのかなぁ？」
「えぇ…。大丈夫ですよ。」
「じゃ、じゃぁ私とマイナさん、一般の客としてみんなの着物姿見てみたいんだけど…良いかな？」
「もちろん大歓迎です。今回の発表会の目的の一つとして、若い世代にも着物に持って貰うことがあるので、ぜひ来て下さい。」

　そして美由紀達は発表会控え室、あーちゃん達は開場まで時間があるので喫茶店へ向かう。

　控え室では美由紀が二人に着物の説明をしていた。

「えーと、お二人にはこれとこれを着ていただきます。本来なら２回着替えて欲しいのですが、その二着分については私が何とかして対処します。それで歩き方ですが…」

　と実際に歩いて例を示す美由紀。それに続く明日香とえみる。一時間の練習の後ようやく形にはなったようである。

「それでは着替えてもらいますが…、あの、着物の経験は…ありませんよね？」

　こくり。頷く二人。

「でも、まぁ、浴衣くらいなら…」

　それを聞いて少し恥ずかしげに尋ねる美由紀。

「あ、あの、その際に下着は…」
「付けているけど…？」

　美由紀は「やっぱり…」と言う表情の後、申し訳なさそうに言う。

「申し訳ないのですが、着物を着る際には脱いでいただきます。」
『えぇ〜〜！？』
「じゃぁ、着物を着るときには裸になるりゅん？」

　こくり。

「じゃぁ、ノーパンで人前に出ろと？」

　こくり。

『えぇ〜〜！？恥ずかしいよぉ！』
「ですから、先ほど歩く練習をしたのは裾が乱れないようにするためでもあったんです。それに裸で人前に出てくれって言っている訳じゃないし、着物を着ていて下着のラインが見えるのは美しくないんです。」
「それは解るけど…」
「どうか私を助けると思って、お願いします！」
『うぅ…』

　一方、会場にいるマイナとあーちゃんは発表会の開始を今か今かと待っていた。
　やがて、司会者らしき人がマイクに近づいてきた。発表会の始まりである。

「えぇ皆様、大変お待たせしました…」
「あっ、えみりゅんさん達ですわ…」

　なんと、えみる達がトップバッター。普段着らしく二人ともシンプルな色合いの着物を着ている。ステージの右からえみる、左からは明日香が歩いてきて、中央で会釈を交わし、ぐるりと一回りした後、明日香は右へ、えみるは左へと向かった。

「へぇ〜、結構様になっているじゃん、あの二人。」
「そうですわね。そして、あの柄は若い人が初めて着るには丁度良いのじゃありませんでしょうか？」
「そだね。」

　と発表会の反応も上々。そして年輩向けの発表が行われているとき、舞台裏では次なる着物の着替えに入っていた。えみる達が休んでいると、美由紀が次の着替えに入ってくる。

「あ、お疲れさまでした。後は私がしますので、洋服に着替えて下さい。」

　と良いながら帯に手をかけたのだが…

「あ、あれ？帯がほどけない…」

　どうやらきつく締めすぎたのか、帯がほどけないらしい。
　周りにいた人も駆け寄って解こうとするのだが、なぜか解ける気配は見せない。

「あぁ〜ん、あとあの二着だけなのにぃ…。時間が…時間が…」

　地団駄を踏んで困り果てる美由紀。

　椅子に座っていた二人であるが、美由紀の様子を見ると、どちらが先でもなく二人同時に帯を解きながら掛けだした。

「えみりゅん、こっちの黄色い着物着るから、明日香ちゃん、そっちの橙色の着物を着て。」
「おっけー！美由紀ちゃ〜ん、着替えるから手伝ってぇ。」
「あ、はい。で、でも…」

　美由紀は明日香の着替えを手伝いながらつぶやく。そんな美由紀にえみるが言葉をかける。

「今は、誰が着るとかそんなこと言っている暇ないりゅん。考えることはただ一つ、発表会を成功させることだりゅん。」
「そ、そうですね。よろしくお願いします。」
「で、さっきと同じ風に歩けばいいのかな？」
「基本は同じですが、すれ違いながら回るときに、かるく袖を振って下さい。その二着の着物は蝶が舞っているのをイメージしているので、そう言う感じで振っていただくようお願いします。」

　美由紀の言葉で袖を振ってみる二人。

「こんな感じ？」
「はい。」
「それじゃ行ってきま〜す。」

　えみるたちがステージに付くと、丁度年輩向けの発表が終わるところだった。
　だが、えみると明日香はなにやら話し込んでいる。

「そして、これが最後の発表となります。暖かい春の雰囲気をイメージした柄、皆様に感じて頂けたら…と思います。どうぞ。」

　司会の合図でステージに上がった二人だが、それを見ていた美由紀は「あっ！」と声を上げそうになった。なぜなら二人並んでステージに上がったのである。しかし、楽しそうに会話しながら二人は歩き、時にはえみるが後ろ向きに歩き、時には明日香が後ろ向きに歩いた。
　そしてステージ中央で、袖を振りながらくるりと回った後、二人は別れてステージを後にした。

　その時である…

「うわぁ〜、まるで蝶が舞っている見たい」

　どこからともなく声が上がり、その後拍手がわき起こった。

「えぇ、どうやら春の暖かい雰囲気を感じて頂けたようでなによりです。それではこれを持ちまして、発表会は終了となります。ありがとう御座いました。」

　盛大な拍手で発表会が終わる。どうやら成功に終わったようだ。えみる達が控え室に戻ると、拍手で迎えられた。

「いやぁ、アドリブが上手く行くか心配だったりゅん。」
「ホント、ホント。でも決まったみたいだね。」

　アドリブの成功に満足する二人。

「明日香さん、えみるさん、ありがとう御座いましたぁ。ここまで成功したのはお二人のおかげです。」

　えみる達は照れ笑いが止まらない。

「でもさぁ…下着付けないのって最初はすっごく抵抗あったけど、なんかこう…素肌にまとうっていうのかな？洋服とはまた違った感覚だよね。」
「でもぉ…、やっぱりお尻がスースーするような気がするりゅん。」
「そりゃぁ、慣れしかないんじゃない？」
「うふっ…明日香さんの言うとおりですよ。明日香さん、お安くしますので、よろしければお一つ見立てましょうか…なんて。所で話は変わり、あ…あの、明日のご予定ってどうなっているでしょうか？」
「いや、何もないけど。」
「飛行機の時間まで結構時間があるので、よろしければお二人の住んでいる横浜を案内していただきたいのですけれど…。今日のお礼もしたいですし。」

　明日香達も特に断る理由がないので、横浜駅で待ち合わせることにした。

　そして翌日、美由紀はえみる達の住んでいる横浜へとやってきていた。
　横浜駅でえみると明日香と合流した後、山の手町へ向かい、マイナの友人で実家がフランス料理店を営んでいる店でランチを取り、喫茶店「黄昏刻」で軽くお茶した後、小丸坂で屋台を梯子し、そして萬屋の活動地である煙草屋の前へと来ていた。

「ふ〜ん、ここでえみりゅん達は萬屋を営んでいるのね…。あっ…ごめんなさい、ちょっとホテルへ電話入れたいの。ホテルに戻る時間がないからまっすぐ空港に向かう…って。」
「ＯＫだりゅん、そこに電話あるから。」

　美由紀は財布からテレホンカードを出したが、店の窓口にある電話が赤電話なのに気づき、財布の中から十円硬貨を出そうとするのだが十円硬貨は見あたらない。

「あん…、両替してもらわなきゃ…。すみませぇん…」
「ハイ？……………！！！！！！！！！！！！！」

　美由紀の呼びかけに顔を出した煙草屋の主人であるが、美由紀の顔を見た瞬間に驚愕の表情になる。そう、まるでいるはずのない人を見たかのように…。

「済みません、電話をかけたいので十円玉に両替して欲しいのですが……。あの…私の顔に何かついていますか？」
「い、いや、何でもないんだ…。ハイ１０円玉…」
「有り難うございます。」

　両替された硬貨を受け取り、電話をかける美由紀。
　そして再び家の中に戻ろうとした煙草屋の主人であった。が…

「＊＊＊号室の保坂をお願いします。……あ、お母さん？美由紀で…」

　ガッシャーン！！！！

「きゃっ！」

　美由紀が電話口で自分の名前を名乗った瞬間、店の中から何か割れる音が聞こえた。思わずびっくりして話を中断してしまう美由紀。

「おじさん、どうしたりゅん？」

　この物音で、店の中に入るえみると明日香。美由紀はただ呆気にとられて傍観するしかなかった。だが、そんな美由紀を正気に戻したのは電話の相手、美由紀の母でる。

『美由紀？美由紀？』
「あっ、ごめんなさい…。あのね…」

　ホテルに戻る時間がないから直接空港で合流する旨を伝えると、美由紀の父と多少もめたが、急なモデルの都合をつけたこと、その人達へのお礼が済んでいないこと、そして、ホテルに戻れないような行動を取ってしまったことを謝罪したのち、ようやく許可が下りた。

「ふぅ…。あ、そうだ」

　先ほどの物音が気になるので、美由紀も店内に向かう。

「明日香ちゃん、気を付けてね…」
「何があったんですか？あっ…」

　美由紀が中にはいると、床はコーヒーまみれ、えみると明日香の二人で床を掃除していたが、煙草屋の主人は手を押さえている。どうやらコーヒーサーバを落としたらしい。美由紀は煙草屋の主人が手に怪我をしていることに気づいた。

「怪我しているじゃありませんか…」
「あ、あぁ、破片を拾ったときに切ったらしくてね…」
「見せて下さい。」

　そう言うと、美由紀は煙草屋の主人の手を取り、ハンドバックからポケットティッシュ取り出し、流しに向かい水道水で濡らしてくると、傷口周辺の血をふき取ってキズの具合を確認した。そして大したキズではないのを確認すると、乾いたティッシュで余分な水分を吸い取った後、絆創膏を２，３枚貼る。

「あ、ありがとう。」
「キズは長いですけど、そんなに深く切れていませんでした。良かったですね…あなた。」

「！」

　美由紀の意外な言葉に皆驚きの表情で美由紀を見たが、一番驚いたのは美由紀自身であった。が、次の瞬間にはもっと驚くことが起きたのである。

「あ、あれ？私、何言っているんだろう……。……！やだ、なんで悲しくもないのに涙が出てくるの？」

　そう、美由紀の頬には一筋の涙が流れていた。
　だが、煙草屋の主人には何か思いつくことがあるのか、

「まさか…」

　と、誰にも聞こえない位の声でつぶやくだけだった。

【第29話終わり】