『りゅんりゅん萬屋物語』 第25話 明日香の小さな恋物語 Act 4

 それじゃ、前回説明していなかった例の事件について話すね。

 その日は、テストの赤点で担任にみっちり絞られていてバイトに遅刻した日だった。きゃろっとの敷地に入ると、如何にも頭の悪そうなヤンキーと一人の子供が言い争ってる。その子供はよく見ると雅之君だった。
 どうやら、そのヤンキーはクリーニング代をよこせとか抜かしているらしく、雅之君の肩掛け鞄に手をかけ始めた。でも、いかんせん、子供と大人。雅之君の抵抗も空しく鞄は奪われる寸前。気丈にも抵抗する雅之君だけれども、彼の頬には一筋の涙が…。

 いつもの私なら現場に向かった後、二言三言ヤンキーに文句を言って雅之君の手を引いて店内に入るのだけれど、雅之君の涙を見た瞬間、私の中で何かが切れた。そして、

「明日香ちゃんキィィィィィィィック!」

 と、全速力でヤンキーに向かって走りより、ミニスカートであるにも関わらずにヤンキーの顎を思いっきり蹴り上げたのである。
 だが、ヤンキーもやるもの、起きあがると私の左手を掴み後ろに捻り上げる。

「お姉ちゃん!」
「雅之君、今の内に逃げなさい。」

 しかし、雅之君は困った顔をして動こうとしない。

「おぉ〜、痛ぇなぁ…。この女、顎を思いっきり蹴りやがって。」

 とつぶやき、更に私の腕を捻り上げる。さすがに痛みがひどくなってきたので苦痛の表情になる。

「お姉ちゃん…」
「お姉ちゃんには構わず早く逃げなさい」

 けれど、相変わらず雅之君はその場から逃げようとしない。それどころか、

「お姉ちゃんを離せ!お姉ちゃんを離せ!」

 そう言いながら、ヤンキーの足を叩いていた。しかし、子供の力では全くダメージを与えることは出来ない。案の定、一蹴の元、はじき返されてしまう。はじき返された時、勢いが付いていたので雅之君は転んでしまった。
 あっ!こんにゃろ!私は思いっきりヤンキーの足を踏んづける。

「いてて、だまってりゃいい気になりやがって。」
「ぐあぁっ!」

 そしてヤンキーは私の腕を更に捻り上げる。う…腕が折れそう…。だが、次の瞬間、ヤンキーは思わぬ攻撃を受けていた。

「いてててて、噛み付くんじゃねぇ…」

 一瞬の隙が出来たので、ヤンキーの手をふりほどいて離れて見ていると、なんと、雅之君が何か喋りながら脹ら脛に思いっきり噛み付いているのである。噛み付きながら喋っているので聞き取りにくいけど、よく聞いてみると「お姉ちゃんを離せ!」と言っているのが解る。

 雅之君…。あれだけ逃げろと言っているのに、逃げないで私を助けてくれようとしたなんて…

「このガキャ…」
「ひひゃい、ひひゃい…」

 ヤンキーは雅之君の頬をつねりだした。雅之君は痛がりながらも、脹ら脛を噛むのをやめない。そして今度は両頬をつねられている。

 もういい…、雅之君もういいよ。もうやめて。私はもう大丈夫だから…ね?
 力なんて及ばないのに、私を助けようと賢明に立ち向かう雅之君を見ているとなぜか胸が熱くなった。と、同時にヤンキーへの怒りも一層わき上がった。
 ふと横を見ると塀の影に雪子さんがいた。おそらく様子を見に来たのだろう。雪子さんの手を見るとスチールのトレイを持っている。そうだ、これだ。

「雪子さん、これ貸して!」
「あっ、星野さん…」

 私は雪子さんからトレイをひったくって、ヤンキーに向かって駆け出した。
 雅之君、今度は私が助けて上げる番だからね。

「おりゃぁぁぁ!雅之君を離せ!」

 ゴン!

 決まった。モロに決まった。そりゃそうだろう。トレイを縦に持ち、縁の堅いところで後ろから思いっきり叩いたんだから…。さすがのヤンキーも頭を抱えた。

「雅之君!お姉ちゃんは大丈夫だから、今のウチにこっちに来なさい。」
「うん!」

 私はしゃがんで手を広げ、雅之君を呼びよせた。雅之君がかけてきて私に抱きつく。と同時に私も雅之君を抱きしめる。

「このガキャぁ…!」
 はっ!気が付くと「蹴り」がこっちに向かっている。だめだ…避けられない。私は雅之君を抱いたのでヤンキーに背を向けることで雅之君の盾になった。当たり前だが私自身は無防備である。
 つまり、ケリがモロに入ったのである。ぐっ…結構効いたなぁ…気を失いそう。

「ちっ…ならば二人まとめて!」

 やばい…今のが結構効いているから、次を食らっちゃうと…

『ストーップ!』

 蹴りに備えて身構えていたけど、何も起きなかった。女性の声がしてたの思いだし振り向いてみると、ヤンキーはショートカットの女性に背後から首を極められていた。

「女子供相手に暴力を振るうなんて、男のやることじゃないねぇ…。私は今日は珍しく機嫌が良いんだ。私の機嫌の良い内に黙ってお引き取りする?それとも首を極めている手に力を入れてこのまま息を引き取るかい?…ん?」
「わ…わかった…」

 解放された男は、首を押さえながらつぶやく。

「おまえら…」
「ハイ、負け犬の遠吠えを聞いている暇なんて無いの。さっさと帰る!」

 と、言いながら蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた男は、仲間の車に逃げるように乗っていった。

「二人とも大丈夫かい?特にそっちの清華のお嬢さん。腕、何ともないかい?」
「腕は…何ともないみたいです。有り難うございました。」

 よかった…どうやら助かったらしい。

「あぁ、そうだ。アタシ橘美里って言うんだけど、悪いんだけどさぁ…涼子を呼んできてくれない?」
「涼子って、双葉涼子さんのことですか?」
「そう」
「あのぉ…、涼子さんは二号店の方にいますけど…」
「ありゃ、そうだっけか。それじゃ、二号店の方に行くわ。」

 そう言うと橘さんは きゃろっと を後にした。

 と、まぁ…これが「ヤンキーと乱闘事件 in 駐車場」の内容なんだけど、どうしてあそこまでムキになっていたんだろう…。あの時は気づかなかったけど、やっぱり「好き」だからなのかな?
 そして、あの胸が熱くなった気持ち…。それまで「単なる可愛い年下のボーイフレンド」と思っていた雅之君が急に愛しい存在になってきたことの現れだろう。

 そしてある日のこと…

「雅之君、いらっしゃい。お待たせ。なんにする?」
「ハンバーグセット。」
「は〜い、ハンバーグセットね。畏まりました。」

「8番にハンバーグセットお願いしま〜す。」

 厨房にオーダーを入れ終わった後、私は思いだした。あれ?待てよ。ハンバーグセットには確か、人参のボイルが付け合わせに付くはず。う〜ん、ここで抜いて上げるのは良くないよね。かといって、残すのが判っていながら黙っているのもなぁ…

 う〜ん、う〜ん…。

「…ちゃん、…ちゃん、明日香ちゃん?」
「えっ…あ、ハイ。」
「どうしたの?ボーっとしちゃって。8番出来たよ。」

 いかんいかん。うっかり考え込んでしまったらしい。あれ?なんでプリンがあるんだろう?プリンなんて頼んでいないのに。

「私、プリン頼んでいませんが…」
「あぁ、それね。それ涼子さんの奢りだって。もう帰っちゃったけど。」

 涼子さん、どうしたんだろう?用事があったのかな?よく見るとこのプリン、きゃろっとのデザートでも「1,2を争う美味さ」と言われている「きゃろっと特製スペシャルプリン」だ。ただし、量の割には値段が結構するから、おいそれとは食べられない。
 なぜ、そんな高価なのを奢ってくれるのであろうか?わからない。わからないが、毒を盛っている訳でないので素直に受けることにしよう。

「お待たせしました。はい、ハンバーグセット。それとハイ、雅之君、いつも来てくれるからお店からのプレゼント。」
「うわぁ…プリンだぁ。」
「ただの…じゃないんだよ。特製スペシャルプリンだよ。」
「ホントに?」

 私はいつものように雅之君の向かい側に座っていたが、ふと見ると嫌いなはずの人参を食べている。ただ、少しずつではあるが。

「あれ…人参食べられるじゃない?」
「うん…お姉ちゃんに嫌われないように、好き嫌いはなくそうと思って…」

 あぁ…なんて可愛いの?思わず抱きしめたくなっちゃうくらい。いくら何でも人目というのがあるからグッとこらえ、頭をなでるだけにとどめた。

「えらいよ。」
「えへへ…」

「あ、お母さんだ。」

 そう…雅之君のお母さんが仕事を終え、キャロットに迎えに来たときに私達のデートは終わる。

「えっとね…今日は800円だよ。」
「はい、お姉ちゃん。またね。バイバ〜イ」
「バイバイ。あ、そうだ。雅之君…こっちに来て。」

 私は雅之君を呼び寄せた。

「嫌いな人参を全部食べられた雅之君へ、お姉ちゃんからのご褒美。」

 チュッ

 今度は、私が雅之君の頬にキスしてあげた。雅之君は、私が雅之君にキスしてもらったときのように驚いていた。でも、すぐに顔を真っ赤にしてお母さんの元へ駆けていった。
 フフフ…可愛い。でも、店から出るときに私の方に振り向いてみせた笑顔は、今まで見た中で一番幸せな笑顔だったなぁ…。

 おもわず「あの笑顔を独り占めしたいなぁ…」なんって思ったりなんかして。

【第25話終わり】

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