それからというもの、毎週日曜日、そして平日の水曜日と金曜日、すなわち私のシフトの時に雅之君は来るようになった。日曜日は分かるとして、平日の私のシフトを狙ってきているのはちょっと不思議だ。まるで、その日に私がいるのを知っているかのようだ。誰かに聞いたのかな？

　さらに不思議なのは、託児所代わりになっている きゃろっと に対してマネージャーが何も文句を言わないことである。以前、暴走族のたまり場になりかけたときにオーナーと一緒になって、その手の連中を追い払った位なのに。
　まぁ、誰に迷惑をかけているというわけじゃないから黙認しているのかもしれない。

　金曜夜７時半、この時間が雅之君の来る時間だ。もうすぐか…。

カランコロン…

　あ、別のお客だ。えっと…。あらら誰も空いていない。雅之君が来る時間だけど私が対応するか…

「いらっしゃいませ。ぴあきゃろっとへようこそ。何名様ですか？」
「２名で、禁煙席お願いします。」
「畏まりました。こちらへどうぞ。」

カランコロン…

　別の客が来たようなので私は入り口を見たが、ここからだと死角になって誰が来たか見えない。どうやらさとみが入り口に向かったようである。

「いらっしゃいませ。あら、ちょっと待ってね。えっと…。あ〜明日香ねぇ、今別のオーダー取ってるの。どうする？ここで待つ？それとも席で待つ？うん、わかった。それじゃ付いてきて。」

「５番、チキンドリアとビーフカレーお願いしま〜す。」

　厨房へオーダーを入れ終わると、さとみがにやけ顔で立っていた。

「なに？ニヤニヤしちゃって。」
「んふふふ〜。来てるわよ、カ・レ・シ。あ、メニューは置いてあるからね。」
「もぅ、カレシじゃないってば…」

　確かに最初は「仕事」と割り切っていたけど、最近じゃ、私を慕ってきてくれる雅之君がすっごく可愛くて仕方がない。

　みんなは気が付かないみたいだし、私も最初は気が付かなかったけど、雅之君の笑顔には微妙な違いがある。
　以前は私以外には笑顔を見せていなかった雅之君だけど、最近では雪子さんやさとみの前でも笑顔を見せている。けれども、私が来るとその表情が微妙に変化する。笑顔に安心さが見られるのである。

　最初は、私に会える喜び故の変化だと思っていた。それは間違いない。だが、別の理由もあるのに気が付いたのは極最近だ。それは何かというと、お母さんが迎えに来ても、同じ表情なのである。
　つまり、雅之君にとって私は雅之君のお母さんと同レベルのテリトリーにいると言うことが解る。すなわち、彼にとって「甘えることの出来る人」なのである。これが何を意味しているかと言えば、もちろん彼の中で私が特別な存在であることを意味しているのは間違いないと思う。

　それ故、私に甘える様な仕草をするのであるが、これがまた何とも言えない可愛さなんだな、これが。それだけじゃなく、彼の仕草の一つ一つが、こう、なんて言えばいいのかな？月並みな言葉だけど私の母性本能をくすぐっている。それに触れている内に、気が付けばその虜になっていたのである。
　だから、逆に私の方が会うのを楽しみにしているんじゃないか？って思っている。もちろん、恋愛だ、カレシだ、と言うには大げさすぎる。でも「単なる知り合い」以上の想いがあるのも確かだ。強いて言うなら「弟のような可愛い年下のボーイフレンド」になるのかな？

「雅之君、いらっしゃい。お待たせ。なんにする？」
「チキンカレー。」
「は〜い、チキンカレーね。畏まりました。ちょっと待っててね。」

　雅之君のオーダーを取り終わると、厨房へ向かった。

「８番、チキンカレーちょい甘口でお願いしま〜す。」
「は〜い、明日香ちゃんのカレシスペシャルカレーね…ＯＫ！」
「もぅっ！料理長までぇ…」
「はっはっは。照れない照れない。」

　横を見ると、さとみまで笑っている。

「はははっ…。でもさぁ、近頃の雅之君ならホント素直で可愛いわ。さっき私が席に案内したときも、アンタが他の人に対応していることを話しても、へんな駄々こねなかったし、席に連れていくときでも大人しく付いてくるしさ、あの最初の時の「おかっぱのお姉ちゃんじゃなきゃイヤだぁ〜」と、騒いだ子とは一緒とは思えないくらい。」
「…だね。」
「これも明日香のおかげかな…」
「そんなこと無いよ…」

「ほい！５番のチキンドリアとビーフカレー。」

　あ、私のオーダーだ。さて…と。え？

「これは私が持っていって上げる。アンタはカレシに着いていて上げなさい。」

　まったく…。みんなしてカレシ、カレシって。

「おまたせ。８番のチキンカレーちょい甘口。」
「あ、は〜い。」

　どうやら雅之君のオーダーが出来上がったようである。トレイにチキンカレーを乗せ、雅之君のいるテーブルに向かった。

「お待たせしました。はい、チキンカレー。」
「わーい。」

　カレーをテーブルに置き、雅之君の向かい側に座った。雅之君は美味しそうにカレーを食べている。その顔を見るとこっちまで幸せな気分になってくる。

「美味しい？」
「うん！」

　ふとカレーを見ると、なにやら赤いものだけよけてある。ははぁ〜ん…。人参が嫌いなんだね。

「雅之君、それは何かな？」
「これは…」
「ひょっとして人参がい嫌いなの？」
「……うん。」
　こう言うときは、頭ごなしに言ってしまうと絶対食る気が起こらない。ここは慎重に事を運ばねば。

「う〜ん、好き嫌いは良くないぞ…。よし！今度はお姉ちゃんが人参が入っても美味しいカレーを作って上げるよ。そしたら、残さず食べてね。」
「ホント！？わーい。僕、カレーが一番好きなんだぁ…。」
「それじゃ約束だよ。」
「うん。」
「あ、雅之君。お母さんが来てるよ。そろそろ時間だね。」
「うん。」

　私は雅之君と手を繋いでレジへ向かった。

「えっと、今日は７５０円だよ。」
「はい、お姉ちゃん。」
「１０００円お預かりしましたので、２５０円のお釣りです。」

　私はお金を受け取るとき、そしてお釣りを渡すときは雅之君の視線にあわせてしゃがんでいる。いつものようにお釣りを渡し

「またね。バイバイ。」

　と声をかけたが、雅之君は顔を赤くしてモジモジしてなかなか外へ出ようとしない。

「どしたの？あ、トイレね。」
「ち…違うよ。あ…あのね、」

　チュッ

　えっ…？雅之君は私の頬にキスをしたのである。

「え…エヘヘ。お姉ちゃん、大好きだよ。バイバイ。」

　そう言うと一目散に外で待っている母親の元へと駆けだしていった。私は少しの間放心状態だった。

「…さん、…さん、星野さん」
「ほえ？」

　そんな私を正気に戻してくれたのは、雪子さんだ。

「どうしたんですか？」
「い、いや。何でもないよ。あっ…」

　抜き足差し足でスタッフルームに向かうさとみの姿を見つけた。きっと今のを見ていたに違いない。さとみのやることは分かっている。どうせ、大騒ぎするに決まっている。その前に止めないと。

「みんな〜聞いて。今ねぇ、明日香と明日香のカレが…モガモガ」

　ふう、間一髪口をふさぐのに間に合った。全く油断も隙もないヤツだ。だが、私は思わぬ攻撃を後ろから受けたのである。脇をくすぐられたのである。

「キャハハハ…。誰？止めて止めて。」

　しまった！うっかり手を離し、さとみが自由になってしまった。

「よっしゃ、雪子さんナイス。あのねぇ、今、明日香のカレが明日香のほっぺに「チュッ」だって。いやぁ…お二人さん、お熱いこと。」
『きゃぁ〜、うっそー。』
「さとみ、みんな！ちょっと！」

　ダメだ。周りはすっかり舞い上がっている。こういうときは何を言っても無駄である。いや、火に油を注ぐだけである。

「全く…じゃぁ後でた〜っぷりノロケて上げるから、楽しみにしていてね。」

　そう言ってスタッフルームを後にした。それまで上がっていた黄色い声が一気に静まった。フフフ…みんな鳩が豆鉄砲喰らった様な顔しているね。成功！成功！

　その夜、ベッドに横になりながら、ぼーっとあることを考えていた。もちろん雅之君のことだ。私の中で雅之君の存在がだんだん大きくなっている。それが顕著に現れているのが、数日前に起こした「ヤンキーと乱闘事件 in 駐車場」だと思う。

　この事件については…ふあぁ〜。なんだか眠くなって来ちゃった…。
　ごめんなさい、これについては次回にネ。それじゃ。

【第24話終わり】