やっぱり、一人じゃちょぴっと心細いなぁ…。しばらく洋館の前で立っていましたが、勇気を出して中にはいりました。

キンコーン…

　呼び鈴を鳴らしましたが、誰も出てきません。時間をおいて再度鳴らしてみましたが、やっぱり同じです。ですが、ドアを開けてみると鍵はかかっていなく、音もなく扉は開いたのです。

「ごめんくださぁい…。どなたかいらっしゃいますかぁ？」

　普通ならここで引き返しますが、何か知らない力に導かれているのかはわかりませんが、気がつけば洋館の中に入っていました。まずは一階を歩き回っていましたが、人の気配が全然感じられません。ホール、フロア、サロン以外は厨房等で居住空間は見あたりませんでした。
　次に、二階へ上がってみると部屋と思われるドアがたくさんありました。ですが、殆どの部屋は鍵がかかっていて、また、鍵がかかっていない部屋は、部屋の中には何もなく空っぽです。二階にいてもこれ以上進展がなさそうなので、とりあえず一階に降り、サロンで休みました。

「やっぱり、ただここにいるってメールするだけじゃなく、あーちゃんとマイナさんに一緒に来てもらうよう、頼めば良かったかなぁ…。よし！」

　「日を改めて来よう」と決めて、帰ろうとしたときです。玄関の手前に階段を見つけました。でも、さっきはこんな階段ありません。上の階はすでに見ているので、今度は地下に降りてみることにしました。

　地下に降りると、香の香りが漂っています。どうやら誰か居そうです。背中に背負った河童のリュックの中からエアガンを取り出しました。もちろんエアガンに装填しているのは、お守りにもらった純銀のＢＢ弾です。おじさん、ダーリンえみりゅんを守って下さい。
　薄暗い地下を歩いていると、かすかに人の声がしました。その声の方に向かうと、行き止まりの部屋に突き当たりました。

　鍵穴から中を覗いてみると、なにやら蝋燭がいっぱいありました。どうやら、ここが呪いの行われている部屋のようです。しばらく、鍵穴から中の様子をうかがうことにしました。

「……………！あれは…」

　蝋燭のスタンドをよく見ると、人の手でした。確かに「人の手」と言うのは、魔術…特に黒魔術をかけるのに使用されるアイテムであったり、悪魔を酔わせたりもできる強力なアイテムです。
　でも、一体どうやってあんなに大量に集めたのでしょう？あれだけの手を集めるには途方もない労力が居るはずです。そして、あれだけの「人の手」を使って何をするのでしょう？単なる怨恨だけの呪いではなさそうです。

　なんにせよ、このまま見過ごすわけには行きません。えみりゅん達にその呪いが本格的に降りかかる前に押さえなければ恐ろしいことになります。えみりゅんは、刑事ドラマよろしく、ドアを蹴り開けて突入することにしました。

「え〜い！ちょぴっと待ったぁ！」

　と、本当なら格好良く部屋に飛び込むはずでしたが、ドアを蹴り開け、部屋に入った瞬間足の甲に「何か刺さったような鋭い痛み」を感じ、それに足を取られえみりゅんは転んでしまいました。
　そして、先ほどの声の主と思われる黒マントの男がえみりゅんの前にやってきたのです。

「ようこそ。えみりゅん…いや、永倉えみるさん。」
「あなた…誰？」
「フッ…私？私のことなどどうでも良いじゃないか。知ったところで、どうにかなる物でもあるまい？知ったとしても、どうせ君はこの世にいないのだから。」
「なにそれ？それより、えみりゅんに呪いをかけたのはあなたね！？」
「その通り。正確には『君達』だが。」
「どういうこと？それ！？」

　黒マントの男はきびすを返すと部屋の奥へ行き、えみりゅんの目の前に水晶玉を持ってきました。

「みたまえ、この中に写っている人物を…」
「………？あぁっ！？」

　そうです。水晶玉の中には、明日香ちゃんの姿があったのです。明日香ちゃんのけがの具合と、一連の奇怪な事件…そしてこの状況…まさか…。

「ひょっとして、明日香ちゃんの乗ったバスが事故にあったのは「手」を集めるためなのね？」
「その通り。」
「なぜ！どうして？」
「キミがクラウリーのカードを持っていることがわかったとき、今まで夢に見ていた計画を実行に移そうと思ったのだよ。」
「カードが狙いならば、私だけ狙えばいいじゃない！なぜ無関係な人まで巻き込むの？……計画って言ったわよね。その計画って何？」
「フッ…。悪魔の召喚…この力を借りて世界を支配するためさ。だから、カードだけが目的じゃないのさ。」

　なんと言うことでしょう。そんな私利私欲のために、沢山の人が亡くなったというのでしょうか？

「世界を支配できるほどの悪魔の召喚には、強力な魔法が必要だ。その為に『人の手』を集め、御するための札として、クラウリーのカードが必要なのだ。そして召喚の最後として…」
「最後として？」
「カードの持ち主と、それに深く関わっている者の命。それが必要なのだよ。」

　まさか…それって…。あまりの恐怖に、それまで怒りで紅潮していたえみりゅんの顔から、血の気が引いて行きました。

「クックック…。お察しの通り「生け贄」さ。特に血も凍るような恐怖を味わった魂ほどその効果は高いのでね。」
「だ…だったらえみりゅん一人だけ狙えばいいじゃない？どうして他の人も巻き込むのよ？」
「さっきも言ったとおり、カードだけが狙いじゃないんだよ。それじゃ、続きと行こうか。せっかくだからカードを先にもらっておこうかな。」

　誰がこんなヤツにカードを渡すもんか。えみりゅんは必死で抵抗しました。

「フン…往生際が悪い。それじゃ…」

　黒マントの男は、壁に向かって何か投げました。その先にあった物は粘土製の人形で、すでに針が何本か刺さっていました。足の甲辺りにも刺してあります。
　あれは…まさか？そして、新たに二本の針が両肩に刺さりました…。と言うことは…

「い…痛っ…うぅぅぅ…うあぁっ！」

　えみりゅんの両肩に激痛が走りました。余りの痛さに身動きがとれません。黒マントの男は、えみりゅんの腰に付けているカード入れの中からカードを抜き取りました。

「手間をとらせおって。まぁいい。そこで相棒が朽ち果てる姿でもゆっくり見ているんだな。ハーッハッハ。」

　なにも出来ないえみりゅんが悔しいです。ダーリン、おじさん、あーちゃんにマイナさん、お願い。えみりゅんに邪悪な力に負けないだけの力を下さい…。祭壇の蝋燭の炎が一段と激しく燃え上がりました。召喚の儀式の続きが始まったのです。それと同時に水晶玉に移っている明日香ちゃんに変化が起こりました。

「うぅ…。はぁ…はぁ…」
「明日香？明日香？どうしたの？苦しいの？今看護婦さんを呼ぶからね？」

　明日香ちゃんの様態が悪くなったみたいです。看護婦さん、お医者さんが治療を施しますが、良くなるどころか、逆に悪くなって行きます。

「なんだぁ？全然効かないじゃないか？逆に悪くなるばかりだって？」
「血液採取、急いで！それから、心電図計と点滴も！」

　明日香ちゃんを助けられるのは私だけ…。でも動けない…。うぅ…悔しい…。
こうなりゃ、えみりゅんの身体はどうなっても良いから気力で起きあがるしかない！

「くっ…、くあぁ…」
「ほぉ…まだそんな気力があったのか。どれ？これではどうかな？」

　黒マントの男は、更に針を二本、呪いの人形の足に刺すと共に、肩に刺した針を捻ると、足首に激痛が走ると共に肩の痛みが増し、立ち上がろうとした腕の力が抜け、またしても床に倒れ込んでしまいました。

「クックック…。ん？鼠が二匹忍び込んだか…どれ。」

『あ、あれ！えみりゅ〜ん』
『大丈夫ですかぁ〜』

　この声はマイナさんにあーちゃん！。二人がこちらに駆け寄ってきます。二人が来てくれれば…と喜んでいたときです。

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ！』

　何もないはずなのに、部屋に入る寸前、二人は後ろにはじき飛ばされました。
　なに？なにがあったの？

「痛ったたたた…」
「なにが起きたのでしょうか？」
「確か、えみりゅんの所へ行こうと思ったんだけど…」
「そうですわね…。」

　パチッ！
　マイナさんがそっと手をさしのべると、途中で火花が散りました。

「痛っ！何か見えない力が働いていますわね…」
「入れないの？」
「ええ、おそらくこれは…」

　えみりゅんにもわかりました。これは"結界"です。黒マントの男はこの部屋に"結界"を張ったのです。あーちゃんたちを入れさせないために。

「フッ…。これで邪魔者を気にすることなく儀式を続けられる…」

　水晶玉の中では、沢山のお医者さんや看護婦さんが明日香ちゃんのベッドの周りに集まっています。心電図の動きもあまり良くありません。そんな中、お医者さんの叫び声が聞こえてきました。

「やばい、カウンターショックの準備だ！急げ！」

　デジタルの心電図計の表示されている心拍の波は小さく、脈拍、血圧ともに５０を切ろうかと言うところ。まるで死へのカウントダウンの様に一つ、また一つ…とゆっくりと下がって行きます。早く結界を破って二人の助けを借りて儀式を阻止しないと…。

「あぁっ！水晶玉に明日香さんが…」
「どれどれ？あっ！ホントだ！けど…」

　マイナさんも、あーちゃんも、水晶玉の中の明日香ちゃんに気づきました。でも、気づいても"結界"により為す術がありません。

　どうしたら良いんだろう…
　どうすれば良いんだろう…
　明日香ちゃんゴメン。助けたくても、身体が…身体が動かないんだよぉ…。

　ふと目の前の壁を見ると、すっごく小さいですが一部分が緑に光っています。

あ、あれは…？

【第19話終わり】