今日は萬屋の日。明日香ちゃんは居ませんが、占いをすることが不可能ではないので店開きはしなければなりません。煙草屋に向かう足取りは重いです。
　確かにあれだけの大事故で命が助かったのは不幸中の幸いです。それは分かっているのですが、やはり意識不明というのが、えみりゅんの心を重くするのです。

「こんにちは。」
「えみるちゃん、こんにちは。あれ？どうしたの暗い顔して…」
「実は…」

　私は明日香ちゃんが例の事故を起こしたバスに乗っていたこと、そして怪我の状態を話しました。

「そうだったの…。でも、命が助かったのが不幸中の幸いだね。」
「うん…」

　えみりゅんを気遣ってくれたのか、それ以上は何も聞かずに居てくれました。
　やはり、浮かない顔をしているとダメですね。今日は一件も占いがありません。
そんな中、一人の女の子がえみりゅんの所に駆け寄ってきました。"あーちゃん"です。

「はぁ…はぁ…。安田さんから聞いたんだけど、例のバス事故に星野さんが巻き込まれたんだって？」
「うん。」
「で、どうだったの？星野さんは。」
「とりあえずは助かったんだけど、大けがをして入院しているの。」
「そっか…。命が助かったのが不幸中の幸いか。」

　結局、その日は、占いをそうそうに切り上げ家に帰ることにしました。

「おや、えみるちゃん、もう帰るの？」
「うん…なんか気乗りがしなくて…」
「いま、コーヒーのデリバリを取ろうかと思うんだけど、その片づけが終わったら、中に入ってコーヒーでも飲んで気分転換でもしない？ケーキも付けるから。もちろん由紀恵ちゃんも一緒にさ。」
「ホントですか？ねぇねぇ、えみりゅんもいいでしょ？」

　えみりゅんは素直におじさんの好意を受けました。

　ピンポーン

　居間で"あーちゃん"と一緒に座っていると、ドアホンが鳴ったのですが、おじさんはどこかに行ったらしく、居間にいません。

『ごめーん。デリバリだと思うから代わりに出てもらえるぅ？』
「はーい。」

　おじさんの代わりにえみりゅんが玄関に出ました。

「はい、どちら様ですか？」
「あの、l'omelette（ロムレット）からコーヒーのデリバリに参りました。」
「は〜い、お疲れさまです。」

　トレイを受け取りましたが、なにか足りません。

「あ…お金もらってないや。」
「あ、お代は後払いですので結構なのですが、前回デリバリしたときのコーヒーサーバを頂けませんでしょうか？」
「え？コーヒーサーバ？ちょ、ちょぴっと待って下さい。」

　とりあえずは、このトレイを居間に持っていかないと。

「えみるちゃん、どうも。」
「あ、おじさん。あの…デリバリの人が前回デリバリしたときのコーヒーサーバが欲しいんだって。」
「おぉ、忘れていた。」

　おじさんは、空のコーヒーサーバを持って玄関に行きました。

「ねぇ、えみりゅん。辛いのはわかるけど、落ち込んでいたって何も変わらないと思うなぁ…」
「ふにゅ？」
「えみりゅんにに出来ることをしなくちゃ。わかる？」

　そう言われてもわかりません。黙って首を横に振ります。

「一日でも早く明日香ちゃが元気になるよう祈り、そのぶん、えみりゅんが元気でいることだよ。えみりゅんに元気ないとさ、なんかこっちまで落ち込んだ気分になって。」
「それは、オレも同じだな。えみるちゃん。えみるちゃんは元気でなきゃね。」
「うん…。えみりゅんがんばる…」

　おじさんと"あーちゃん"に元気づけてもらい、幾分ではありますが暗い気持ちが晴れました。

　家に帰り、メールをチェックすると一通届いてます。

「えみりゅん、どもっ！浅井＠霞ヶ浦高校浅井真弓研究室です。

　あなたなかなか良い勘しているわね。あなたのメールにあったページに行ってみた後、ちょっとＫ察関係のデータベースにアクセスしてみたところ、興味深い事が分かったわ。

　それは被害者の損害状況なんだけど、「腕」の怪我が多いという事ね。普通この手の事故だと、内臓破裂とか全身打撲とか圧迫系の怪我が多いんだけど今回は、なぜか肘下断裂とか、開放性骨折とかの腕の怪我が目立って多いの。

　しかも、断裂した腕の回収率は６０％と、実に４割が行方不明なの。これは何かあるわね。もっとも、犯罪心理学とかくに詳しくないからこれ以上は解析がしようないんだけど。

それじゃ

　う〜ん、何でしょう？えみりゅんも犯罪心理学には疎いので、全然解りません。でも、嫌な予感は消えないのでカードで占うことにしました。
　しかし、占いの結果は予想を超えた物でした。不吉なカードばかり出るのです。しかも、関連性が薄いのでカードの意味することを読みとるのが難しいのです。ようやく読みとれたことと言えば「不吉な影が迫る」だけでした。

　そしてその夜、またしても嫌な夢を見ました…

　えみりゅんと明日香ちゃんが、正体不明の暗黒の闇に追われて逃げているのですが、明日香ちゃんが転んでしまいます。転んだ明日香ちゃんを助けに行こうと思うのですが、えみりゅんの身体が動きません。

　でも、暗黒の闇は、じわじわと明日香ちゃんを飲み込もうとしています。

「えみりゅ〜ん！助けてぇ！助けてぇ！いやぁぁぁぁぁぁぁ！」

　ですが、えみりゅんは明日香ちゃんの悲痛な救いの叫びに答えることは出来ず明日香ちゃんは闇に飲まれてしまいます。

「明日香ちゃぁぁぁぁぁん！くっ！どうして動け…え？」

　ふと気が付けば、えみりゅんが十字架に張り付けられていて、遠くの方から槍がえみりゅんの心臓めがけて迫ってきます。このままだと殺される。いや…そんなのイヤ。

　や め て ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ！

（うわぁぁっ！はぁ、はぁ……。………またしても、夢…か。それにしても嫌な夢りゅん…。でも、何でこんなに変な夢ばかり見るんだろう…）

　時計を見ると、朝の１０時。せっかくの日曜日だというのに憂鬱です。

（朝か…）

ｔｒｒｒｒｒｒｒｒ、ｔｒｒｒｒｒｒｒｒ

「ハイ、永倉です。あぁ、いつも娘がお世話になっています。えみるですか？少々お待ち下さい。」

（なんだろ？）

「え〜み〜る〜。星野さんのお母さんから電話ぁ」

　明日香ちゃんのお母さんから電話？ひょっとして？

「電話代わりました。えみるです。
　ハイ…
　　ハイ…
　分かりました。わざわざありがとう御座いました。失礼します。」
「えみる、今の電話は？」
「うん、あのね…」

　電話の内容は、明日香ちゃんの意識が戻ったとのことです。よかったぁ…。おっとと。安堵感からか、腰が抜けちゃいました。そうと分かれば早速"マイナ"さんと"あーちゃん"にメールして置かなきゃ。あ、あと美由紀ちゃんにも。

「…と、これでよし！あ、煙草屋のおじさんにも教えて上げよう。お母さぁん、ちょぴっと出かけてくるからぁ」
「は〜い、気を付けるんですよ。」

　早速着替え、自転車に乗って煙草屋へと向かいました。

　いつもの坂道を下り、左に曲がれば、煙草屋へは後少しです。坂道から大通りへ左折していると…

パン！

　いきなり自転車の後輪がパンクしました。
　わ、わ、わ、うわぁあ。

がっしゃーん。からから…

　結局不安定になった姿勢を立て直すことはできず、転んでしまいまったのです。

（あ、痛たたた。はっ！）

　えみりゅんの倒れているところは、車道です。ということは当然車が通ります。急いで離れなければ車に轢かれてしまいます。ですが、起きあがったときに視界に見えたのは、急ブレーキをかけながら迫ってくる車でした。

　キャァ―――――――――――――――――――――――――――――ッ！

【第16話終わり】