『りゅんりゅん萬屋物語』 第14話 失われたタロットカード 後編

 ある日曜日、えみると明日香はいつもの様に持ち込み依頼について占っていたが、季節はずれの春一番のような風によって、カードを飛ばされ、一枚紛失してしまう。

 その日から、えみるは一日中上の空状態の日々が続いた。授業中も、休み時間も友人達が声をかけてきても、ため息をつくだけであった。そんなある日のことえみるが校門を出ようとすると、知っている人物が立っていた。

「あーちゃんにマイナさん…」
「こんにちは。明日香ちゃんから事情は聞いたよ。時間ある?」

 えみるは黙って頷き、近場の喫茶店に入った。

「あのぉ〜、よろしければ例のタロットカード拝見してよろしいでしょうか?」
「安…マイナさん、何かあるの?」
「ええ…。ちょっと前に見たえみりゅんさんの書き込みで、気になっていたことがありまして…。」

 えみるは黙ってカードを差し出す。カードを見た瞬間、マイナの表情が険しくなった。

「やはり…。このカードいったいどうやって手に入れられたのです?」
「それは…ダーリンがくれたカードなんだりゅん。」
「ねぇねぇ…このカードって一体なんなの?」

 あーちゃんがマイナに質問をする。
 どうやらマイナの話によると、このカードは「アリースター・クラウリー」と言うとても有名な魔術師が作成した魔法書と対になったタロットカードであるらしく、そこいらに有る品物ではないとのことである。

「そう言えば、先ほどこのカードは貰い物と伺いましたが、どういう経緯で?」

 マイナも占いには興味があるので、やはり気になるらしい。
 しばしの沈黙の後、えみるはカードにまつわる話を始めた。

「あのね。えみりゅん、小さいときからオカルトとかがだ〜い好きだったんだ。けど、クラスの中では「変な人扱い」で常に浮いていたの。そんなある日一人の男の子が転校して来たんだけど、その人は他の人とは違い、えみりゅんを変な目では見なかったの。
 それどころか、いっつもひとりぼっちだったえみりゅんと一緒に遊んでくれたり、えみりゅんの隠れ家での「旧校舎の探検」にも、一緒に遊んでくれたの。その男の子と一緒にいるときって、えみりゅんにとって、何でもないことが、何でもなく話せる唯一のひとときだったんだ。」
「で…いつしかその男の子を好きになった…と」

 えみるは黙った頷いた。

「あるときダーリンは、旧校舎のどこからか魔法書みたいなのを見つけてきて、いつも遊んでいた旧校舎の教室に魔法陣を書いたの。『何があっても、どこにいても、これを通じて僕の力を君に送れるように』…って。
 けれども、それから間もなくダーリンは急に引っ越しちゃうことになったの。その時に、タイムカプセルとしてのラムネ瓶を埋めると共に、楽しかった一時の思い出の品として、なにか持ってゆくことにしたの。ダーリンはその魔法書をもって行ったんだけど、ふと見るとその中にタロットカードが入っていたの。
 で、えみりゅんは思い出を分け合うという意味で、ダーリンにお願いしてそのタロットカードをもらったの。それが、このカードなんだ。」
 えみるの事情を聞いた二人は、腕組みをして考え込む。

「ダーリンからもらった大切なカードを無くしてしまって、えみりゅん、どうしていいか分からないりゅん…」
「あのね、あたしの好きな言葉というか、いつも心に思っていることなんだけど"希望を持てなくなったり、信じられなくなったらお終い。"ってのがあるの。"えみりゅん"の持っているカードがそこまで由緒あるって居る言い方もヘンだけど、大切な物なら望みは捨てない方が良いと思うなぁ。」

 あーちゃんがえみるの肩に手をかけ、優しく言葉をかける。

「希望を捨てない限り、なんとかなるよ。絶対だいじょうぶだよ。」
「うん…。ありがと…」
「でも、どうしたらよろしいんでしょうかねぇ…」

 マイナが尋ねるが、

「地道に探すしかないかなぁ…。これがマンガならねぇ…、カードが共鳴して…とかの展開が望めるんだけど。」

 それしか言えないあーちゃんであった。

〜 * * * * * 〜
「無いなぁ…風の向きからすると、こっちも怪しいんだけどなぁ。あぁ〜、もうこの広場広すぎて、全然探し終わらないよぉ〜。はぁ……。疲れちゃった。あんな事を聞けば放って置くわけにも行かないしねぇ…」

 萬屋から少し離れた所にある広場を連日探す明日香だが、一向にカードが見つかる気配がない。

 占いが中核とは言え、「萬屋」の活動はそれだけではない。ペット捜索等色々あるので、それらの進行状況の中間報告もしなければならないのである。明日香は萬屋で打ち合わせをしていたときの話を思い出していた。

(う〜ん…、えみりゅんがあのカードに拘っているのは「えみりゅんの好きな人から貰ったカード」だったからなんだよねぇ…。しかも旧校舎に魔法陣を書いたときに見ていた魔法書っていうのか、その手の書籍と対になったカードねぇ…。神秘的というか、なんというか、オカルトチックな話。

 まぁ…事情は分かるけどねぇ…。ん?)

 しばらく休んでいると、人影が見えたので見上げると一人の女の子が立っていた。
 女の子の服装は、ちょうど萌黄女子校の制服の色違いのようなタイプであるが、なぜか黒いトンガリ帽子と黒マントを羽織っている。

「『何かお探し者ですか?』って?ええ、まぁ。」
「『何を』って?、タロットカードなんです。この近くで「占い兼何でも屋」をしているんですけど、この間、占っているときに風でカードが飛んでしまい、一枚紛失しちゃったんです。」

 明日香は引き続き広場を探し出した。黒マントの女の子も、広場に降りて一緒にカード探しを始める。

「『私もお探しします』ですか?…ん〜。お願いしようかな?」
「『で、どんなカードですか?』って?。これです。」

 明日香はカード探しに使っているカードを見せた。
 黒マントの女の子はカードを見るや否や表情が険しくなる。

「『これをどこで手に入れたか?』と言われてもねぇ…。実はカードの持ち主は私じゃないので、そこまでは分からないのです。」

 黒マントの女の子は、しばらくの間明日香から受け取ったカードを見ていた。

「『それでは来週、カードの持ち主を連れてここに来て下さい』ですか?別に構わないですけれど何があるんですか?」
「え?『その時になればわかる』ですか。う〜ん…わかりました。」

 必要なことを告げると、黒マントの女の子は広場から去って行った。

(なんだったんだろ?今の人…。ひょっとして、あのカードについて何か知っているのかな?まっ、良いか。あ、そろそろバイトの時間か…)

 アルバイトの時間になったので、明日香はその広場でのカード探しを一旦中止し、バイト先へ向かった。

 謎の少女との約束の日、明日香はえみるとマイナを連れて例の広場に向かう。
 三人が広場に到着したときには、すでに例の少女が居た。

「こんにちは。約束通りカードの持ち主を連れてきました。」
「え?えみりゅんがそこに行くの?」

 少女は手招きしてえみるを呼ぶ。

「『次の言葉を一緒に詠唱して下さい』?わかったりゅん。」
「………。なにも…起こらないですわね。」

 少女とえみるが呪文のような言葉を唱えたが何も起こらない。
 それに対し誰かがつぶやいたときである。どこからともなくそよ風が吹いてきた。風は止むどころか、次第に風速を増して行く。

「なんか、風強くなってきたね…。くっ!何この風?ス…スカートがめくれちゃう。」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 先ほどまではそよ風だったのに、今では台風並の風が吹き付け、皆スカートや帽子、髪などを押さえ、その場に立っているのが精一杯だった。

「いたっ、なんか落ちてきたりゅん。これは……。まさか!」

 風が止むと何かがえみるの頭上に落ちてきた。えみるが足下に落ちていた物を拾ってみると驚いた。

「カードが見つかったりゅん!わーい、わーい。」
『えぇ!?本当?』

 皆がえみるの元へと駆け寄る。

「みつかってよかったね。」
「うん、ありがと明日香ちゃん。みんな。」

 喜びのえみるに少女が問いかける。

「え?『無くしたカードはなんだったか?』それは、これだりゅん。」
「『恋人』ですわね。ちなみに正位置でしたか?逆位置でしたか?」
「もちろん正位置だったんだりゅん。」

「やっぱり、えみりゅんとダーリンの愛は強いんだりゅん。」
「う〜ん…」

 マイナが悩んでいる。

「どうしたの?安…マイナさん、考え込んじゃって。」
「この場合は別の意味の方が強いと思いますの。」
「それは?」
「え〜と…」

『素敵なパートナー』

「そうです。『素敵なパートナー』ですわ。え?『その意味する者はお解りですよね?』ですか?……。えぇ、わたくしには解りましたわ。」

 少女の言葉にマイナが答える。

『えっ?なになに?』
『フフフ…』

 えみると明日香が二人に尋ねるが、二人とも笑っているだけである。

「もう、離ればなれになんかしないからね。カードさん。あ、そうだ…」

 えみるはそう言うと、大切にカードをしまい、少女の元へと駆け寄った。

「あ…ありがとうりゅん。」
「え?『こちらこそクラウリーのカードの力が見られて良かった』ですか。このカードについて何か知っているの?」
「『魔法&魔術に興味のある人の間では有名なアイテムです』か…。えみりゅん、クラウリーは知っていたけど、まさかこんな事ができるなんて…。」
「『クラウリーは偉大です。』…そうだよね。え?『用事があるからこの辺で…』
 うん、それじゃねぇ。バイバイりゅ〜ん。」

少女はえみる達に見送られながら広場を後にした。

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