とある日曜日。明日香は一匹の猫を抱いて、煙草屋の前でえみるを待っていた。明日香に抱かれている猫はまだ子猫らしく、必死で明日香の腕の中から出ようともがいている。

（遅いなぁ…えみりゅん。痛っ！）

　腕に痛みを感じたので見てみると、子猫が明日香の腕に爪を立てている。
　明日香は子猫を抱え上げ、じゃれ合いながら子猫に話しかけた。

「あぁ〜、乙女の柔肌に傷を付けたなぁ〜。責任取って貰うぞ…ウリウリ。」

「明日香ちゃ〜ん。遅れてゴメ〜ン。」

　明日香が子猫とじゃれていると、えみるがペット用のバスケットを抱えながら走ってくる。

「おっそ〜い。これ以上引っかかれたら大変だから、早く依頼人に届けよ。」
「ゴメンゴメン。ハイ。」
「は〜い。しばらくこの中に入っていてね。もうすぐあなたの飼い主に会わせて上げるから、それまでちょっと我慢してね。」

　えみるがバスケットの扉をあけ、明日香は抱いていた子猫をバスケットの中に入れ、扉を閉める。

「それじゃ行きますか。」
「うん。」
「えっと、確か依頼人は…」
「白百合学園の水谷由利香さんだりゅん。確か水泳部で今日は学校で部活動しているはずなんだりゅん。」

　えみると明日香は白百合学園に向かう。
　白百合学園に到着すると、敷地案内図でプールの場所を確認する二人。

「えっと…水谷さんは…」
「居ない見たいりゅん…」

　目的の場所で依頼人の姿を探しているのだが、見あたらない。

「ちょっと、そこの二人。何していらっしゃるのかしら？」

　突然の背後からの声に対し、二人は背を向けたまま答えた。

「あ…あの。人を捜して居るんです。」
「誰かしら？」
「水谷由利香さんだりゅん。」
「あら。水谷は私ですけど、何の御用かしら？」

　その言葉に振り向く二人。振り向いた二人に向かって由利香が話そうとしたが、それを遮った者がいた。

『にゃぁ〜』

「ミュウちゃん？」
「ハイ。少し時間がかかりましたけど、見つけることが出来ました。」
「あぁ…会いたかったぁ…。ありがとう。ホントにありがとう。」

　由利香はバスケットの中から、子猫を出して抱きながら明日香たちにお礼の言葉を述べる。

「無事あえてよかったりゅん。」
「あ、このバスケットはどうしましょう？」
「これは、貰い物だからこのままお渡しするりゅん。」
「ありがとう。ちょっと待っててもらえるかしら。」

　そう言うと由利香はバスケットを持って部室の方へ向かい、やがて小さなレジ袋を持って、えみる達の所へ戻ってきた。

「ハイ。暑い中お疲れさま。飲んで頂戴。」

　レジ袋の中にはよく冷えた缶飲料が入っている。

「ありがとうりゅん。」
「ありがとう御座います。それは失礼します。また何かありましたら、よろしくお願いしますね。」
「ええ。それでは。」

　二人はお礼の缶飲料を受け取ると、白百合学園を後にし煙草屋へと向かった。

「そう言えば、今日は５件依頼があったンだっけ。」
「それじゃ、先にそれを片付けるりゅん。」

　煙草屋へ到着し、いつものように準備を開始する二人。その二人を見つめる人物が一人。その人物は、準備が終わると萬屋へ向かって歩き出した。

　だが、明日香は後ろから来る人物に気がつかないまま依頼人用の椅子に座ってしまったのである。

「あ…」
「ん？あ、明日香ちゃん…」
「なに？」

　明日香が振り向くと、ショルダーバックを背負って帽子をかぶった女の子が立っていた。

「あ、ごめんなさい。どうぞ。」
　明日香は席を立ち、えみるの横に移動した。

「キミが先にいたんだから、キミが先でいいよ。」
「いえいえ。私は関係者ですから、お客さんを優先いたしますので…」
「そう…ありがとう。」

　女の子は明日香の言葉に素直に従った。女の子が椅子に座ると、えみるは依頼帳を差し出す。

「えっと、ここに簡単なプロフィールと占い事などを書いて欲しいりゅん。」

　女の子はノートを受け取ると記入を始めた。女の子の名前は七瀬優。占って欲しいことは「気ままな一人旅、この後はどちらに向かえばいいか？」であった。
　占いの結果は、南西方面。「ヒッチハイクよりも列車の旅に吉」である。

「南西方面か…。ありがとう。ハイ５００円。」
「ありがとう御座いましたぁ。よい旅であることを祈っているりゅん。」
「フッ…ありがとう。じゃ…」

　優は笑みを残して萬屋を後にした。

「さてと、それじゃ始めるりゅん。明日香ちゃん、ノート出して。」
「はいよ。」

　明日香は依頼ノートをえみるに差し出す。

「なになに…？
　『最近女の子の間で自分について妙な噂が広まっているらしい。自分の片想いている幼なじみは、自分のことをどう思っているのだろうか？』
　『最近先輩がちっとも話しかけてきてくれないんです。私のことを嫌いになったのでしょうか？』
　『以前校舎に犬が迷い込んできたのですが、ちゃんと帰れたのでしょうか？』
　『居候している家で、そこに済んでいる一つ年下の女の子を風呂場でばったりあってしまい、それ以後彼女の機嫌が悪いのです。幾ら謝っても一向に機嫌をなおしてくれる気配がありません。どうしたらいいのでしょうか？』
　『猫を探して下さい。特徴は…』
　か…。」
「どうやら、最後以外は占いだけで済みそうだね。」
「うん。」

　占いも順調に進み、最後の依頼にかかろうとしたときである。いきなり突風が吹き、辺り一面砂埃が舞い上がった。

「…っあぁ…。何今の風？」
「ぺっぺっぺ…。やぁ〜ん、口に砂が入ったりゅん。」
「あぁ〜あ、カード散らばっちゃたよ。」

　その言葉を聞いた瞬間、えみるの表情が硬くなった。

「えっ？早く探すりゅん…」
「う、うん。わかった。」

　二人が散らばったカードを集め、えみるが枚数を数えると２枚足りないことがわかった。

「２枚足りないりゅん…。はっ！そう言えば、向かいの広場に飛んで行くのが見えたりゅん。」
　そう言うや否や、えみるは周りの状況も見ずに駆け出す。
　明日香が声をかけようとすると、左手から猛スピードでかけてくるバイクの姿が見えた。

「えみりゅん！危ない！」
「きゃぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっ！」

　明日香の叫びがえみるの耳に届いたときには、二台のバイクはかなり接近していた。
　あたりに急ブレーキの音が響く。

「バカヤロー！いきなり路上に飛び出すんじゃねぇ。」
「ホントだよ、全く。まぁ、轢かなくて済んだから良いけど、飛び出しはやめてくれよな。」

　２台のバイクのライダーはヘルメットを脱ぎながら声を上げた。明日香はその姿を見て驚く。それは、二人とも髪の長い女性だったからだ。だが、すぐに我に返り、えみるの所へ駆け出し二人のライダーに向かって頭を下げた。

「す、すみませんでした。ほらっ、アンタも謝りなさいよ。」
「ごめんなさい。」
「まっ、今回は何もなかったからいいけど、交通事故ってのは、加害者も被害者もヤな思いするんでな。オレらも気を付けているが、それだけではダメなんだ。」
「そういうこと。それじゃ。」

　そう言うと二人のライダーは去って行き、えみるは広場に向かい、カード探しを始めた。

　もうどれくらい探したことであろうか、すっかり日が暮れ、もはや灯り無しでは周りの状況を見るのは困難になってきた。そんな状態でもあるにも関わらず、えみるは探すのをやめようとはしない。

「っく…。後一枚見つからないよぉ…。…っく」
「ねぇ…もう暗くなったよ。今日はこのくらいにしておかない？」

　明日香が声をかけるが、えみるは無視する。

「いざとなったら、新しいカード買って上げるからさぁ…」
「新しいカードじゃダメなんだりゅん。」
「そんなこと言ったって…。」
「とにかく、新しいカードはイヤなんだりゅん！」
「じゃぁ、これからどうするのよ？萬屋は…」
「……ぅ、うわぁ〜ん。」

　えみるは泣きながら広場から駆け出してしまった。
　明日香がえみるの後を追おうとしたが、手を掴まれ、それが出来なかった。

「ダメなんだよ。明日香ちゃん…」
「何がですか？」

　煙草屋の主人の説明によると、タロットカードというのは持ち主と触れ合えば触れ合うほど、カードの効力が高まり、それが占いの結果の精度につながるとの事である。

（それはわかるけど、じゃぁ、どうすればいいのよ…）

【第13話終わり】