『りゅんりゅん萬屋物語』 第7話 オフ会の誘い Part 1

(やっばぁ〜…待ち合わせの時間に遅れちゃう…)

 明日香はえみるとのいつもの待ち合わせの場所…つまり、えみるの占い場所である煙草屋に向かって必死で走っていた。遅れた理由はなんのこと無い。テストの成績のことで放課後までみっちり説教を喰らっていたのである。

「あぁ〜赤信号だぁ」

 この交差点を渡れば、いつもの煙草屋まであと一息…と言うところで赤信号に捕まってしまい待った。明日香はその場で地団駄を踏みながら待っていたが、長い信号待ちに明日香のイライラが最高潮に達してしまった。

(よし!車の流れが切れたら赤信号突破。)

 車の流れを見極めて、ダッシュする明日香。ところが、中央分離帯を突っ切り一気に反対車線も渡ろうとしたのである。反対車線上に走行車があったが明日香はギリギリで横切れるとの読みの行動だが、反対車線側の車との距離感は遠くにいると言う錯覚を起こしてしまいがちなのである。

 案の定、明日香は車の前に飛び出す形になってしまった。

 キキーッ!!!!

 急ブレーキをかけて止まる黒塗りの高級車。急いでいた明日香は「ゴメンナサ〜イ」と叫んでそのまま走り去ってしまった。

 そんな危ない橋を渡りながらではあるが、なんとか待ち合わせ時間ぎりぎりに間に合った明日香であるが、煙草屋に着いたときには、すっかり息が上がってしまっていた。

「ゴメ〜ン、はぁ…はぁ…。」

 だが、えみるは明日香の言葉には反応せず、机の上に置いてあるノートパソコンの画面を見つめているだけである。

「怒っちゃった?ゴメン…。えみりゅん?どうしたの?」

 明日香は謝るが、えみるの反応は相変わらずである。明日香もえみるが怒っていないと言う事に気づくと、ノートパソコンを覗き込んだ。

「あ、明日香ちゃん。ゴメン、ちょっとオフ会の案内メール読んでいたんだよ。」
「オフ会?なにそれ。」
「パソコン通信している人が実際に会うことをオフ会、オフラインミーティングっていうんだりゅん。明日香ちゃんも行く?」
「な…なんでアタシが…」

「あの…「占い」ってありますが、占っていただけるのでしょうか?」

 明日香とえみるが話していると、大人しそうな女性が話しかけてきた。

「あ、はいはいどうぞ。書きたくないことは書かなくても結構ですから、このノートにご記入下さい。」

 明日香にその女性にノートと椅子を差し出す。そしてノートに必要事項を書き終えると明日香に返した。
 ノート受け取ると、まず目を通すとところは氏名欄である。そこには「綾崎若菜」と書かれていた。明日香がノートを読み終えた後、えみるにノートを渡す。

「綾崎さんですね。で、占って欲しいことはなにかりゅん?」
「りゅ…りゅん?あの…それは今流行の言葉なのでしょうか?」
「い…いや、この言葉遣いに付いてはあまり深く気にしないで下さい。それより占って欲しいことはなんでしょうか?」

 明日香は若菜の質問をあわててそらし、本題へと誘導した。

「あ、申し訳御座いません。あの…その…。…………………………………」
「………わっかりました!。恋の悩みですね?」

 真っ赤になってうつむいてしまった若菜を見て、明日香は助け船を出した。
 ところが、この様なことに耐性のないらしく若菜は耳まで真っ赤になってしまう。

「は…はい。あの…わたくしの想っている殿方がこちらの地域に済んでいらっしゃるのです。わたくしは京都に住んでいまして、本日は所用で近くまで来たこともあり、あの方のお宅へ訪問したのですが、どなたも不在だったのです。」
「京都から…。それで留守は悲しいですよね。」
「はい。お会いしたいとまでは申しませんが、お姿だけを拝見するだけで結構なのですが、どこに居るとも解らないのです。ぜひとも占っていただけないものでしょうか?」

 この様な内容は、えみりゅん占いの最も得意とするところである。若菜の話を聞き終わるとえみるはタロットカードをシャッフルして並べ始めた。学校の行き帰りを自家用車で通う若菜にとっては始めてみる光景である。若菜は始終えみるのカード裁きに見とれていた。

「よし…と、さぁカードをめくるりゅん。」

 カードが並べ終わりいよいよ開いて内容を見る番である。

「まずは…方角。ここから南西の方向だりゅん。つぎに…いる場所。建物の中にいるりゅん。」
「そりゃぁ、建物か外かしか無いんじゃん?どんな建物なの?」

 明日香が疑問に思ったのか、えみるに尋ねる。

「まぁまぁ。そう、焦らない焦らないんだりゅん。その建物は、意外な場所で、気の許せる場所で、その人は今一人で居る…。ってでたりゅん。」
「ねぇ?そのいる場所の目印って言うか、目安になるものは解らないの?」
「その建物の北には、広場が、南側には川が、西側には人の多いところが、東側には…。う〜ん東側はちょっと掴めないんだりゅん。」
「でも、それだけ解ればちょっとくらいは範囲を絞れない?」

 明日香はえみるの結果をノートに書きながら質問した。

「地図があれば良いんだけど…」
「地図ねぇ…」

『ハイ、地図。』

 二人はしばし考え込んでしまった。そんな二人を見て若菜が何か言おうとするより先に明日香とえみるに救いの手が出された。救いの主は煙草屋の主人である。

「おじさんありがとう。」

 二人は早速テーブルの上に地図を広げ、該当しそうなところに線を入れだした。
 その結果、かなり範囲は絞られたが、まだ範囲は広かった。その範囲を見ているうちに若菜の表情が微妙に変化した。

「と言うことは、鍵は「意外な場所」で、「気の休まるところ」か…」
「う〜ん…。若菜さん、一つ聞きたいことがあるんだりゅん。」
「ハイ、なんでしょうか?」
「ひょっとして、この範囲の中にその人の家があるんじゃない?」
「ど…どうしておわかりになられたのでしょうか?わたくし何も申し上げていませんのに。」

 えみるの言葉に若菜は驚きを隠せない。

「線を引いているとき、ある地域のところにさしかかったときの若菜さんの表情がちょぴっと変化したのを、えみりゅん見逃さなかったんだりゅん。」
「まぁ…。」
「ホントにぃ〜?で、それがなにか関係あるわけ?」

 しかし、明日香の問いに対してえみるは考え込んでしまった。

「ほら見なさい。関係ないじゃん。」
「わかった!その人はまだ家にいるんだりゅん!」

『えぇ!?』

 若菜が驚くのは無理もないが、えみるの発想に明日香も驚きの声を上げざるを得なかった。

「まず「気楽な場所で一人で居る」…これは自分の部屋とか、トイレとかそう言う場所だりゅん。そして重要なのは「意外な場所」なんだりゅん。」
「なんでそれが重要なのよ?」
「若菜さんは一度、尋ね人の家へ行ってることなんだりゅん。」
「つまり…なに?一度行った場所は、次を探すときには盲点って言いたいの?」
「そう!」

 えみると明日香のやりとりを聞いて、若菜の表情が明るくなった。

「わかりました。わたくし、もう一度あの方の家へ行ってみます。いろいろと、ありがとう御座いました。」
「会えると良いね。」

 若菜は何度も何度も二人に礼をしながら去って行く。若菜を見送った後、えみるは背伸びをしながらつぶやいた。

「さぁて、今日は店じまいしようかなぁ…」
「そうする?あっと…その前に、これが今日の依頼分。調査することはないと思うから、アタシから結果を伝えておくね。」

 えみるは、依頼ノートをみてたのち占い始め、その結果を次々とノートに書いてゆく。その占いが終わった後、明日香とえみるは片づけをして煙草屋を後にした。途中、信号待ちをしていたときのことである。
 えみる達の前に黒塗りの高級車が止まり、中から一人の女性、先ほどの客である若菜が声をかけてきた。

(あっちゃ〜、さっき引かれそうになった車にはこの人が乗っていたのかぁ…)

「あのぉ、先ほど占っていただいた綾崎ですけれど、わたくしが再度あの方の家を尋ねましたら、出かけてしまって会えませんでした。でも、やはり家にいらっしゃったそうです。ありがとう御座いました。あ…そちらのショートカットの方、信号は守りましょうね。では、ごきげんよう。」
「は…はぁ。」

 そう言うと、若菜を乗せた車はその場を去った。余りにも急だったのでえみると苦笑い顔の明日香は、声をかける事が出来ず、ただ手を振って見送るしかできなかった。

【第7話終わり】

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