清華女子高校の廊下に一人立たされている人の姿がある。高校生にもなって廊下に立たされるとは、ある意味恥ずかしいものである。立たされた理由は極簡単。

　立たされた人物が三日連続遅刻したからである。その人物の名は…皆まで言う事もなかろう。星野明日香である。そのうえ、三回目の遅刻の時には生徒会長直々の週番の日だったのであるから、さすがの明日香も逃げられなかった。

（何が、今週の運は最高よ！）

　先日、ファミレスでえみると会ったときに占ってもらった明日香だが、その時の結果は「運は絶好調」しかし、バイトでは食器を割り、バイト代を減らされ、学校では遅刻で立たされ…と、全く良いこと無しである。

　やっと罰から開放され、ごきげん斜めの状態で教室に戻った。

「ねぇねぇ明日香。ちょっとお願いがあるんだけど」
「なぁに？」

　明日香は不機嫌そうに答える。

「ど…どうしたの？一体？」
「ゴメン…ちょっとね。で、なに？」
「あ、そうそう。明日香って、チケット販売店の情報持ってる？」

　明日香の持っている情報量はかなりな量である。その上、明日香自身でも調査に回るので、下手な雑誌を見るよりは、明日香に直接聞いた方が詳しく解ることが多い。

「まぁ、何店かはね。」
「じゃぁさぁ…、このアーティストの前売りチケットを確実に押さえられる所ってどこかなぁ？」
「ん？」

　明日香は、差し出された情報誌を見た。そこには、今一番の人気アーティストのコンサート状況が掲載されている。

「これは難しいわね。」
「そこを明日香様の力でなんとか。」
「とはいうものの、予約無しの一般販売オンリーじゃん。これ。」
「だ〜か〜ら〜、明日香の情報だけが頼りなの。」

　明日香は鞄からシステム手帳を取りだし、それを眺めながらしばしの間悩んでいた。明日香の知っている穴場な売場は二つ。だが、お互いの売場は駅を降りてから全く正反対の方向にあるので、今までの売れ行きの実績を考慮すると片方の店で売り切れた場合、もう一店回る間に売り切れる可能性がかなり高い。

　つまり、一発勝負なのである。

「わかった。万が一売り切れゴメンでも良ければ買ってくるよ。」
「ありがとう。売り切れであっても文句は言わないわ。」

（とは言ったものの…。どうしたらよいのやら…）

　家に帰った明日香は鞄をベッドの上に放り投げ、制服のままベッドにダイビングしてチケットの購入方法を考えていた。確かに売り切れてしまっても文句は言われないが、それに甘えるのは明日香のプライドが許さない。

　結局一夜あけても決断ができなかった。

　未だどちらの店で買うか悩んでいたある昼休みのこと、学食で購入したお弁当を座って食べていると、ふとした会話が明日香の耳に入ってきた。

『な？だから困ったときの神頼みや、ゆうたやないか？』
『さおりぃ…それじゃバクチじゃない。』
『由利佳、なにゆうてるん。人生自体バクチみたいなモンや。』
『あなた達、三年生にもなってそんな考えでどうするの？』

（げっ、生徒会長…）

　とっさに明日香はその場から逃げた。別に悪いことはしていないが普段の行動故の癖であろう。午後になってもいろいろ考えていたが、結局昨日と同じようにどちらの店にするか決断は出来なかった。

（神頼みか…。もうそれしかないのかな？）

「あれ？ここは…」

　そんな事を考えながら帰宅していたが、どうやら無意識のうちに商店街へと足を向けていたようである。気が付けば例の煙草屋の付近まで来ていた。明日香の脳裏にえみるの姿が浮かぶ。

「う〜ん、えみりゅん占いか…。この間はダメだったからなぁ…」

　腕組みをして考えること五分。今までの一勝一敗の成績が明日香のギャンブル魂に火を付けた。

（よぉし…いっちょ行ってみるか。）

「こんにちは。」
「あ、明日香ちゃん。いらっしゃい。」

　明日香は、五百円玉と一緒にアーティスト名、並びに二店のチケット売場が記載されたメモを机の上に置いて、両手を合わせてえみるに頼み込んだ。

「お願い！このアーティストのコンサートの前売りチケット、どっちの店だと買えるか占ってちょーだい。」
「わ…わかったりゅん…」

　えみるはカードをシャッフルし、並べ始める。カードは手際よく並べられた後、残りのカードは脇に置かれた。それを見つめる明日香のは真剣である。

「う〜ん…どっちでもＯＫってでてるりゅん…。」
「え、そうなの？じゃぁ、どっちでも良いのかぁ…」
「ちょぴっと待って。これは…南方面の売場だと良くないことが起こるって。」
「なんだろ一体…。わからないけど気を付けてみるね。ありがとう。それじゃぁ、バイトがあるからこれで。バイバ〜イ。」
「まったねぇ〜。」

　えみるは手を振りながら明日香を見送った。

　チケット発売当日、明日香は恒例の如く学校をさぼってチケット売場に向かった。
　もちろん行き先はえみりゅん占いで示された北方面の売場である。案の定、人気アーティストなだけに発売時間前から行列が出来ていた。

　一時間ほど並んだが、なんとかチケットを買うことが出来た。
　無事前売りチケットを入手した後、明日香は念のために南方面の売場に電話をかけてみる。

「ハイ、チケット○○です。」
「すみません、○月○日、△△で行われる、××と言うアーティストのコンサートの前売りはまだ売っていますか？」
「少々お待ち下さい。」

　そうアナウンスが告げられ、明日香は買ったチケットを鞄にしまった。相手側が電話を保留し忘れたのか、耳を澄ませば向こう側の様子が聞こえてくる。

『やったー！××のコンサートチケット買えたネ。』
『シンディ、ラッキーだったねぇ。このアーティストのコンサートの前売りチケットって手に入りにくいんだよぉ。』
『学校サボった甲斐があったネ。由利佳。』
『うん。』

（フフフ…アタシと同じ人がいるんだなぁ）

　明日香は親近感を感じると共に、電話の向こうの会話に笑いをこらえていた。
…が、

『あなた達！こんな所で何やっているの！？』
『うわー！み…美佐子？』
『こんな事で学校をサボるなんて言語道断。こっちにいらっしゃい。たっぷりとお説教してあ・げ・ま・す。』

　と言う会話を聞いて、一瞬で真っ青になった。

（げっ！あれは生徒会長の声…。ほえぇぇ〜、向こうに行っていたら生徒会長にとっ捕まって一緒にお説教だったんだぁ…。しかもアタシの場合、この間の遅刻のことも言われるんだろうなぁ。
　ん？まてよ。と言うことは、こっちも危ないかも…）

　身の危険を感じた明日香は、即座に受話器を置いて売場を離れた。

（しかし…なんでこんなに的中率が極端なんだろう…）

　明日香がチケット売場から学校へ向かう途中、今までの占いのことを考えながら歩いていたが、ふとあることを思いついく。

「あっ！ひょっとして、まさか…」

【第４話終わり】