オレ、深町直也。この春に秋月大学に入学したての１年生。
　ちょっとショッキングな出来事があったんで、聞いて貰えないかな？

　あれは、微風が気持ちいい初夏のことだったかな？
　オレはいつも通り…、いや、その日は寝坊をしてしまい、いつもより３本遅い列車に乗って学校へ向かった。それでもまだ通勤通学の時間帯なので、満員とまではいかないが、場所によっては身動きがとれないくらい混んでいる…と言った状況だ。
　通学途中で考えることは「今日の講義はあの教授か…、話聞いてても退屈なんだよなぁ…」等他愛のないことばかりである。

　そんなことを考えていると、どこからともなく女の子のか細い声が聞こえてきた。最初は気のせいだろうと思っていたけど、再び同じ声が聞こえたので、どうやら気のせいじゃないらしい。
　そこで声の主を捜してみると、数メートル離れたところに、オレと同じくらいの年齢の眼鏡をかけてヘアバンドをしている如何にも真面目そうな女の子が見えた。周りを見回しても該当すると思われる女の子はいないので、声の主は彼女で間違いはないと思う。

　何やってんだ？と聞き耳を立てると…

「あっ…いやだ、やめて…」

　ってな声が聞こえるじゃないか。そして視線を下に向けると、彼女のミニスカートの中をまさぐっている、スーツの袖口見えた。

　そんときオレは何を考えたかというと、先日見ていたＡＶの影響からか思わず

（おいおい、朝っぱらから電車プレイかい…。まったく…可愛い顔してからに、よーやるよ…）

　と、とんでもない発想をしてしまったんだな。
　しかし、彼女のスカートの中をまさぐっている手がブラウスに向かい、そのボタンを外し、服の中に入った途端、彼女が泣き出したのを見たとき俺の発想がとんでもない勘違いであることに気づいた。

　ありゃ、痴漢にあっているんじゃねぇか！

　周りの人間は、気づかないのか、それとも余計なことに関わりたくないのかは解らないが、誰も助けようとはしない。
　一方痴漢にあっている彼女と言えば、なすがままにされている。おそらくは、『早く終わって欲しい…』ただこれだけを思い浮かべているのだろう。それでも『お願いです、止めて下さい』とは言って身をよじって逃げようとしているのだが、全く効果はない。

　それどころか、逆に痴漢はつけあがっているようだ。
　ガラにもなくオレの中に正義感というヤツが湧いてきた。こーゆー輩は、公衆の面前でさらし者にするのが一番良い。もちろんその方法は、痴漢の手を取って「この人は痴漢です！」と声を上げることしかない。

　彼女を助けるべく、人混みの中、オレは彼女の方へと向かった。
　痴漢に気がつかれないよう、慎重に、かつ、素早く近づく。
　そして、ターゲットの左手の位置を慎重に確認する。もしも、人違いをするととんでもないことになるからな。

　ようし、間違いない。あの位置だな。ロックオン！
　いっけぇ！オレは一気に痴漢の手を掴みにかかった。

　が、しかし、オレの手は痴漢の手をつかむよりも前に、何者かによって掴まれ、ある声と共に上げられてしまった。

「こ…この人痴漢です！」

　へっ？な…何でオレが逆に捕まるの？
　その上、オレの手をつかんでいる人物を見て、オレは唖然とした。なぜならばオレの手を取っているのは、痴漢にあっていた彼女なのだ。

「オ…オレじゃない」
「何がオレじゃないよ！あなたさっきから触っていたでしょ？私のスカートとブラウスの中に手を入れて。もう我慢できない！」

　当然の事ながら、オレと彼女の周りからざわめきが起こる。
　彼女と言えば、泣きながらオレの方を睨んでいる。きっとあまりにも耐えられなくなり、キレたのだろう。だが、痴漢はオレじゃない。

　そして、オレと彼女の周りから人が引いて行く。オレは見た。人が引いて行くのと同時に彼女のブラウスの中から痴漢の右手が逃げて行くのを…。
　痴漢の正体が同じくらいの学生であるショックからか、彼女は「あっ！」と言う表情のまま固まる。

「ちょ…ちょっと待ってよ。ほんとにオレじゃねぇよ…」

　周りの人間の視線がオレと彼女に集中する。それにつられてオレ達二人も彼女自身に視線を移す
　彼女の姿と言えば、ミニスカートの一部がめくれ上がりその部分のショーツが丸見えで、ブラウスのボタンが半分近く開かれ胸元があらわになっている。

　つまり、とんでもない姿…と言うことだ。

「いやぁ！見ないで！」

　そう叫ぶと恥ずかしさらからか、彼女はその場から駆け出してしまった。

　しかし…まぁ、はっきり言ってあの状況でも困るが、逃げられたら余計に困るんだよねぇ。人違いだと言いたくても、言う相手がいないのなら、単なる痴漢の戯言にしかならないだから。

　あたりまえだが、案の定、オレを見る周りの乗客の目は皆白い。
　さぁ、困った。困ったけれどもどうしようもない。オレが何か言えば言うほど、状況が泥沼化して行くのは手に取るように解る。この状況をどう打破しようか？そう思ったときである。

「にいちゃん、ちょっと来な。」

　背後からドスの利いた声をかけられると同時に、オレは両脇を抱えられていた。
　その後のオレは…と言えば察しがつくだろう。次の駅で強制的に降ろされた。

「まっ…、初犯みたいだから警察に突き出すのは勘弁してやるが、罪というのは償わなきゃねぇ…。だから、俺達があの子の代わり…という訳だ。」

　なにをふざけたことを抜かしてんだか…。と、オレの目の前にいるヤツのスーツの袖になぜか見覚えがあった。

　そうか…こいつが犯人か。

「そうか…お前が犯…ぐはぁ！」

　だが言い終わらない内にボディブローを喰らった。

「にいちゃんよ、良い諺を教えてやるぜ『口は災いの元』ってな」

　それからというものは、身動きのとれないよう押さえられたオレは、しばしのあいだ人間サンドバックと化していた。
　ホームにいる連中は皆見て見ぬ振りをしている。無理もないか…オレが同じ立場だったらそうしているかも…。

「ちっ…今日はこのくらいで勘弁してやろう。じゃぁな。」
「うぐぅ…」

　捨てぜりふと共に倒れているオレの右腕を踏みにじると、連中は引き上げていった。そして、オレはそのまま気絶してしまい、気がついたときには駅の医務室と言う有様。一応、鉄道警察で被害の手続きをとってオレは駅を後にした。

　さーて、時間は４時。当然講義なんて終わっているし、この有様じゃサークルにだって行けない。仕方ない…帰るか。

「あ、冷蔵庫の中何もないンだっけ…」

　そうだよ。買い物していかないとダメなんだっけ。

「おっ…そこのスーパーで安売りしている。まぁ、ここからなら桜美町へのバスがあるから大丈夫か…。」

　ちょうどタイムサービスの時間らしく、売場には結構な数の主婦が居る。

「ラッキー、日替わり特価セールのサラダオイルが一個残っていた」

　と、ワゴンに手をかけたとき、そのサラダオイルを取ろうとした別の人と手が触れた。

『あっ…。あー！』

　手の触れた人を見ると驚いた。
　目の前にいたのは、今朝の痴漢にあっていた女の子だったからだ。しばしの間二人の間に重苦しい雰囲気が漂った。

「な…なぜ貴方がここに…」
「あの後、自称正義の味方にそこの駅で降ろされて制裁を受けて、そのまま気を失い、気がついたのが先ほどでね。まぁ、講義も終わったしそのまま帰ろうと思ったんだけど、　安売りスーパーが目に入ったんで買い出しにね。それは、貴方に譲るわ。それじゃ…」

　オレは、彼女に関わってこれ以上やっかいなことを増やしたくなかったので…いや、今朝のことにこれ以上触れられたくなかったので、部愛想に答え、この場を去ることにした。

「ま…待って！」

　まぁ、そりゃ呼び止めるわな。彼女にとっちゃ、オレは痴漢で警察に突き出す対象なんだから。

「今朝のことなんだけど…」
「あなたは信じないかもしれないが、あなたに痴漢をしたのはオレじゃない。別の人間だ。このことを信じようが信じまいが貴方の自由だ。だが、今一度だけ言う。痴漢はオレじゃない。訴えるならどーぞ訴えても良い。それじゃ…」

　彼女に背を向けたときである。

「お願い…、グスッ、お願いだから待って…」

　彼女は、オレを呼び止めた。その声を聞いたとき非常にイヤな予感がしたね。
　案の定、振り向くと彼女は泣いていた。しかも…だ、丁度買い物時なので周りにいた主婦どもがざわめいている。

「なんでしょう？一体」
「さぁ、痴漢がどーのこーのって言ってましたけど…」
「まぁ…」

　今朝のことと言い、どーしてこうなるんだか…と肩を落としかけたたときである。

「ちょっと！直ちゃん、何女の子を泣かせているのよ！」

　俺を呼ぶ声がするので振り向くと、妙子が仁王立ちしていた。

「妙子？何で妙子がここに？」
「安売りのチラシがあったから…い、いや、とにかく！何でも良いでしょ！とりあえず、こっちにいらっしゃい！」

　オレは妙子に胸ぐらを掴まれたまま、スーパーの外へと引っ張られた。オレ、今日は、なにか祟られているんかねぇ…。

「あんた一体あの女の子に何したのよ？」
「何もしてねぇよ！」
「何もしてなくてなんで泣くのよ？」
「しらねぇよ！」
「じゃぁ…あれ、その怪我どうしたの？」

　妙子は右腕の包帯と、顔の青あざの事を聞いてきた。オレは今朝のことを最初っから話すと、妙子はジト目でオレを睨む。

「ふ〜ん…。直ちゃんに痴漢なんてそんな度胸あるわけないとは思っているけど。まぁ、人は見かけによらないって言うしねぇ…」
「おまえ…言って良いことと悪いことがあるぞ…」

　妙子のからかいとは解りつつも、先ほどのいらつきも手伝ってか、オレは半分キレかけた。妙子も「これはやばい」と思ったらしく話題を変えてきた。

「あ、ゴメン…。でも、だからといって女の子を泣かせて良いという理由にはならない！」
「なんでそうなるんだよ？俺は泣かせてない、向こうが勝手に泣いたんだ。」
「もういい…アタシが直接あの子に聞いてみる。」

　はぁ？なんでそうなるんだ？まてよ…ここで妙子が乱入してきたら余計に話がこじれるじゃないか…。オレは妙子の後を追った。
　そんなオレを見て、妙子はジト目で睨みながら話しかけてくる。

「あんたどこへ行くのよ…」
「どこって、オレ買い物済んでないんだぞ。それに、なんでお前がしゃしゃり…」
「女の子を泣かすヤツなんか、飢え死にしてしまいなさい！」

　どかっ！

　オレはスーパーに戻ろうとしたが、妙子に蹴飛ばされ阻止された。くっそぉ…妙子のヤツ人を足蹴にしやがって…。

「ま、待て、妙子！お前がもめ事に関わると、昔からろくな事がありゃしない。」
「まーまー、この妙子さんにお任せアレ。ちゃんとフォローして上げるから。」
「それが、いつもいつもろくな事にならんというのに…」

　ボスッ！

　ぐはぁ…。妙子のパンチが、ボディの打撲部分にモロに入った。

「何か言った？」

　うぐぅ…だ…ダメだ。今のオレでは妙子を止めることが出来ない。この状態で妙子に刃向かっても、いたずらにキズを広げるだけだ…。ここは、これ以上怪我がひどくなる前に退散するか…。

「い…いえ、何も言っておりませぬ…」
「よろしい。それじゃぁねぇ。」

　仕方ない…。中にいる彼女のことは心配だが、オレの体の方が大事だ。このまま帰ろう。
　結局、そのスーパーでは何も買えず、桜美商店街で買い物をして帰路に就いた。

「さてと…。晩御飯でも作るか…。ぐぅ…」

　包丁を握った瞬間、痛みが走る。やはり右手を踏まれたのが効いてるなぁ…。ろくに包丁が持てやしないや。妙子に…頼む…か。でもなぁ、さっきがさっきだから、どうしたものか…。

ピンポーン

　呼び鈴がなった。誰だろう？こんな時間に…。この時間に来ると言えば、妙子ぐらいなものだ。

「ハーイ、どちら様ですか？」
「あ…あの…」

　ん？知らない声だ…一体だれだ？